02・瑠璃色の合金
Side・マリーナ
大和とプリムに急かされて、エドが工房に寝かせておいたインゴットを三つ持ってきた。昨日完成させた試作は既に持ってきてあるから、あたし達の前には全部で四つのインゴットが置かれている。
「綺麗な青色ね。とても深いけど、金剛鋼より鮮やかな色に見えるわ」
プリムのお母さん、アプリコットさんには初めて会ったけど、プリムに似て綺麗な人だよね。あたしもアプリコットさんと同じで、この深く鮮やかな青色はとても綺麗だと思う。
だけどこの色をしたインゴットは一つだけで、ほかの三つは若干緑がかっていたり、ほんの少しくすんでいたりする。これも十分綺麗だと思うんだけど、一番左に置かれているインゴットを見た後だとちょっと落ちるかな。
「それじゃ早速試してみるぞ」
「ええ、お願い」
「おう。『メジャーリング』」
エドがそれぞれのインゴットの魔力強度、硬度、魔法伝達率を調べるために、メジャーリングを使うと、右から二番目のインゴットにエドの魔力が吸い込まれるように消えていった。
メジャーリングは工芸魔法の一つで、色んなものを計ることができる魔法だよ。精度は使用者の魔力に左右されるけど、大まかな大きさとか重さとかはちゃんと計測できるから、工芸魔法の中でも使用頻度はかなり高いかな。
「5、4、6か。こいつはダメだな。鉄よりは軽いがそれだけだ。やっぱり晶銀をベースにしたのがマズかったか」
確かにこれはダメだね。特に魔力伝達率が低くなりすぎだから、これなら普通に魔銀を使うよ。
エドは三種類のインゴットを一本ずつ丸々使ったインゴットと、一本のインゴットに半分サイズのインゴット二種を加えること方法でインゴットを作っている。
一番右にあるのは昨夜できてたインゴットを丸々一本ずつ使って作ったものだけど、右から二番目にあるインゴットは晶銀のインゴットを一本、その隣にあるのが金剛鋼を、一番左の一番綺麗なインゴットは魔銀のインゴットをベースにしてるんだ。
金属は魔力強度、硬度、魔力伝達率の順番に、鉄をオール5として10段階の数字で表してるんだけど、魔銀は6、5、8、晶銀が4、3、9、金剛鋼が8、8、3、神金が9、7、7が平均と言われている。
だけどこの晶銀を使った合金は、鉄とそんなに変わらない。一番右の合金は6、7、7だったから、こっちの方が性能的には上になる。
ちなみに鉱物の重さはそういうものだって認識されてるから普段は気にしないんだけど、今回は魔銀のみたいに軽い金属になるかも重視してるから、しっかりと確認している。一番右の、晶銀ベースのも鉄と同じぐらいの重さみたいだったから、完全に失敗作だよ。
「次はこれね。金剛鋼や一番左のと比べると少しくすんで見えるけど、宝石ってわけでもないからこんなものかって思えるわね」
「一番左のインゴットを見ちゃったからそう思えるだけで、最初にこれを見てたら十分綺麗だと思うけどね」
綺麗かどうかは金属の性能には関係ないし、そう思ってる鍛冶師も多いしね。
っと、今はそんなこと話してるんじゃなかった。
エドに視線を送ると、丁度メジャーリングを使って結果を感じてるところだった。
「7、8、6か。まずまずってとこだな」
「だな。重さの方は?」
「重さは……鉄の約二倍だな。けっこう重いぞ」
金剛鋼ベースだから多少は重くなると思ってたけど、鉄の倍ぐらいとなると微妙なところね。性能的にはけっこう良いだけに、そこが惜しいよ。
「それでも候補にはなるな。金剛鋼の武器を使ってる騎士やハンターなら喜びそうだ」
確かに金剛鋼は鉄の三倍の重さがあるから、間違いなく金剛鋼よりは軽いしね。特に魔力伝達率は金剛鋼の倍だから、金剛鋼の武器より寿命は長いかもしれない。
「それじゃ最後にこいつだな。『メジャーリング』。おお、これはいいぞ」
最後のインゴットにメジャーリングを使ったエドの顔がほころんだ。もしかして完成ってことになるのかな?
「8、8、7だ。重さも魔銀の三割増しってとこだから、全く問題はないと思うぞ」
すごいじゃない。魔力伝達率こそ魔銀より下だけど、それでも神金と同等だし、強度と硬度なんて金剛鋼と同じだよ。重さも魔銀の三割増しってことだし、ほとんど大和の理想通りだと思う。本当にこんなことができるなんて、思てもいなかったな。
「これは決まりだな。俺とプリムの武器は、こいつで作ってもらおう」
「異議なしよ。こんなすごい金属ができるとは思わなかったわ」
ホントにそうだよ。この技術が広まれば、間違いなくヘリオスオーブの歴史が変わるよ。
「俺としてもけっこう楽しかったし、実際に出来たんだから感無量だ。だけどまだ完成じゃねえぞ?」
いや完成でしょ。もう少し配分とかをいじれば神金を超えられるかもしれないけど、どれだけお金と時間がかかるかわかったもんじゃないよ。いくら大和とプリムがお金を出してくれてるとはいっても、さすがにそれは無理じゃないかな?
「名前だよ。合金って言っても種類はあるみたいだし、いずれは製法を広めるんだから、名前がなかったら不便すぎるだろ」
それは確かにね。それならエドがつければ……いえ、ここは大和がつけるべきかな。大和が提案してくれなかったら、試そうとも思わなかったんだからね。
「というわけで大和、お前が決めろ」
「俺かよ?」
「俺達はお前の提案に乗ったが、あくまでも手伝いに過ぎない。それに金を出したのはお前とプリムなんだから、ここは言い出しっぺのお前が決めるのが筋ってもんだろ」
さっきの魔法の意趣返しって気もするけど、あたしもその意見に賛成。プリムもうんうんって首を縦に振ってるし、アプリコットさんも期待するような顔をしてるから、大和に逃げ道はないよ。
「わかったよ。それなら……瑠璃色銀っていうのはどうだ?」
「ルリイロカネ?悪くはないと思うが、何か意味でもあるのか?」
「ああ。俺の世界じゃ、こういった深くて鮮やかな青色は瑠璃色とも言うんだ。このインゴットは魔銀がベースになってるから、意味的には瑠璃色の銀ってことになるな」
瑠璃色銀か。綺麗な見た目を取り入れるなんて、あたしはけっこう好きだな。
「綺麗な名前じゃない。あたしもそれでいいと思うわ」
大和の世界、というか大和が暮らしてた国には、日緋色金っていう伝説の金属があるそうで、本当はそっちの名前を使いたかったみたい。だけどその日緋色金っていう金属は太陽や火の色をしているそうだから、このインゴットの名前にするのは無理がある。だからインゴットの色と日緋色金の名前を合わせて、さらに魔銀がベースになってることも考えて、瑠璃色銀っていう名前にしたんだって。
「大和の世界の伝説の金属にあやかった金属か。客人の知識で作られたヘリオスオーブ初の合金なんだから、由来としても悪くない」
あたしもそう思うよ。これでこの金属は瑠璃色銀に決定だね。
Side・大和
ついに瑠璃色銀が完成した。しかも俺が思ってたより早くできたし、性能もいい。これで武器を作ってもらえれば、かなり長く使うことができそうだ。
「じいちゃん、タロスさん!完成したぞ!」
エドが喜色満面で工房に駆け込んだ。ここまでの合金ができたんだから、鍛冶師としての血も騒ぐんだろうな。
「なんじゃエド?まだ途中なんじゃぞ?」
「そうだぜ?いったい何ができた……おいエド。そのテーブルの上にあるのは、もしかして例の合金か?」
迷惑そうに工房から引っ張り出されてきたリチャードさんとタロスさんだが、テーブルの上にある四つのインゴットを見た瞬間表情を変えた。
「ああ。出来たぜ」
「出来たということは、満足のいく物になったということじゃな?」
「ああ。こいつだ。見てくれ」
「どれどれ」
二人も興味津々だな。リチャードさんもタロスさんも一流の鍛冶師だから、未知の金属には惹かれるものがあるのかもしれない。
「なんと……。まさかこれほどの物が出来るとは……」
「こいつぁすげえ……。まさに革命だ!」
メジャーリングで確認を終えた二人の顔は、驚愕に彩られている。性能的には神金と大差ないし、コストも神金を買うよりも安くつく。魔銀と晶銀の産地でもあるアミスター、金剛鋼の産地でもあるバレンティアにとっては、この製法はまさに革命といっても過言じゃない。
だけど問題がある。しかも現在進行形の大問題だ。
「すぐにクラフターズギルドに報告したい気持ちはわかりますが、レティセンシアが色々と工作をしてた事実がありますから、下手に公表すると今までより過激なことをしてくる可能性が高くなります。もちろんいずれは公表してもらいたいんですけど、今というタイミングは避けてくれませんか?」
「レティセンシア?ちょっと待てよ。それってどういうことなんだ?」
今までフィールを荒らしていたハンター全員がレティセンシア出身であること、ハンターが連絡員となってレティセンシア本国から工作員が送られていたこと、そしてサーシェス・トレンネルもレティセンシア出身の可能性が高いこと、俺達が討伐したエビル・ドレイクがサーシェスの従魔だったことなど、とてもではないが街の人に話せる内容じゃない。
俺達もそれは理解していたから黙っていたんだが、瑠璃色銀が完成し、それを作れるのがエドだけという現状では、アルベルト工房の人達には話しておかないとマズいことになりかねない。
だから俺は、俺達が知っていることを、全てではないが話すことにした。
黙って話を聞いててくれたエド、マリーナ、リチャードさん、タロスさんだが、俺が話し終えると、その顔には隠しようもない怒りが浮かんでいた。
「あいつら、そんなことのためにフィールを荒らしてやがったのかよ!」
「ホントにロクでもない国だね、レティセンシアって。しかも盗掘までしてたなんて、ふざけてるにも程があるよ!」
「だけど色々と納得だ。しかもエビル・ドレイクが元ハンターズマスター、サーシェス・トレンネルの従魔だったとはな。そんなやつが従魔なら、ブラック・フェンリルやグリーン・ファングがいても移動するぐらいなら大きな問題じゃなかっただろう」
「まったくじゃな。しかもレティセンシアはクラフターを軽視どころか蔑視しておる。さすがにそろそろ限界じゃから、近々クラフターズギルドはレティセンシアから全面的に撤退する予定だったはずじゃ。クラフターズギルドがなくなれば国民の生活にも大きな影響が出るが、そもそもクラフターを蔑視するのは庶民も同様じゃ。そんな国がどうなろうと、ワシの知ったことではない」
皇家や貴族だけかと思ってたが、国民性だったのかよ。そういえば捕まえたハンター達も似たようなことを言ってたな。ということは自分勝手に責任転嫁、職人軽視、さらには火事場泥棒ってのは個人の話じゃなく、レティセンシアっていう国そのものの国色ってことなのか。
穏やかでのんびりとしてて、困ってる人には手を差し伸べる人の良いアミスターとは見事なまでに真逆だな。一度滅ぼした方がいいんじゃないか?
「これだけのことをしてきた以上、陛下もそれなりの態度で臨むじゃろう。しかもハンターまで利用したんじゃから、ハンターズギルドも敵になっておるはずじゃ」
「まだ非公式ですし、決定したわけでもありませんけど、ハンターズギルドとしてもかなり厳しい処分を課すことになるそうです。最悪の場合、ハンターズギルドの撤退も視野に入っていると聞いています」
これはライナスのおっさんの予想だが、ハンターズマスターとハンターが結託しての陰謀でもあったんだから、ハンターズギルドとしても非常に大きな問題だ。おそらく王都にあるアミスター本部からアレグリアの総本部に報告が行ってるだろうから、そう遠くないうちに処分が決まると思う。
「ハンターズギルドもか。そうなるとトレーダーズギルドも撤退するだろうな。幸いレティセンシアにヒーラーズギルドはないが、バトラーズギルドも同調する可能性が高い。全てのギルドが撤退すれば、レティセンシアは間違いなく衰退するだろうな」
「じゃろうな。ソレムネのように全てを国内で賄っていれば別じゃが、依存しきっているレティセンシアではどうにもできん。仮に戦争を起こしたとしても武器や食料の調達もできんから、行軍もできんじゃろう」
依存してるくせに見下してるのかよ。よく今まで我慢してたな、クラフターズギルド。こりゃ撤退が早まる可能性が高いな。知ったことじゃないが。
それよりも俺としては、瑠璃色銀を使って武器や防具の製作をお願いしたいんだがな。話を切り出すにしても、タイミングが難しいなぁ。
もうちょい待つか。




