35・それぞれの恋模様
プリムとの決闘で、俺は何とか勝ちを拾うことができた。
プリムに剣の柄を投げつけた瞬間に折れた剣先が飛んできたから反射的に拾ったが、それが決め手になるとは思いもしなかった。
本当なら喉元に手刀を突きつけるつもりだったんだが、それだと弾かれる恐れがあったから結果オーライってことにしておこう。
「ありがとう、大和。全力で戦ってくれて」
「俺のほうこそありがとう」
俺に負けたとはいえ、プリムは心の底から嬉しそうだ。
自分より強い相手としか結婚しないと言っていたプリムは、たった今初めて負けた。それも俺にだ。決闘を申し込むまで気付かなかったが、どうやら俺とプリムは両想いだったらしいから、プリムにとってこの決闘は、ある意味では儀式みたいなもんだったんだろう。
だけどプリムは、最初から負けるつもりで決闘を受けたわけじゃない。俺も負けるわけにはいかなかったから、お互いに本気で戦った。結果、紙一重だったとはいえ、俺がその決闘を制したわけだから、俺としても心から安心して力が抜けた。さすがにその場にへたり込むなんて醜態をさらすつもりはなかったが、それでも気を抜いたら倒れそうなほど消耗したのは間違いない。
それに決闘を挑んだ目的はプリムに勝つことだけが目的じゃないから、俺からプリムに告げるべきだろうな。
「プリム、俺と結婚してくれるか?」
「はい」
満面の笑みで答えてくれたプリムが、すごく眩しかった。
この世界は女性比率が高いこともあって、男から告白した場合はプロポーズを意味するそうだが、俺はあえて結婚という言葉を口にした。俺の世界じゃ付き合うイコール結婚じゃなかったから、どうしても言葉にしたかったんだ。
出会ってまだ一週間程度だが、恋に時間は関係ないんだってことがよくわかったよ。
「おめでとう、プリム。大和君、女らしいことには興味を持たなかった娘だけど、末永くよろしくお願いします」
義母になるアプリコットさんが、丁寧に頭を下げてくれた。アプリコットさんも認めてくれたことが俺には嬉しかったから、俺もすぐに頭を下げて返礼した。
「至らないところもあると思いますが、必ず幸せにします。これからもよろしくお願いします、お義母さん」
「こちらこそ、婿様」
Side・プリム
あたしにとって、今回限りではあるけど勝敗はどうでもいいことだった。だけどやるからには勝つ、そんな意気込みで決闘に挑んだんだわ。
その結果、あたしは大和に負けた。言い訳をするつもりはないし、そんな余地はなかったから、あたしとしても文句はない。
なによりこれは、大和があたしをものにするために挑んでくれた決闘なんだから、あたしとしてはこの結果にも満足だわ。
そして大和は、あたしにプロポーズをしてくれた。
あたしは迷うことなく受けたし、母様も祝福してくれた。フィール着くまでに何度も夜這いしろって言われてきたけど、そんなことをしてたら心のどこかにしこりが残ったと思う。だけど大和に負けた今は、心から大和を受け入れることができる。
負けて満足することがあるなんて思いもしなかったけど、今のあたしは、すごく晴れやかな気分だわ。
「おめでとうございます、プリムさん」
「おめでとうございます」
決闘を見届けてくれたミーナとフラムも、あたしを祝福してくれた。
「ありがとう、ミーナ、フラム。次はあんた達の番よ?」
「は、はい」
「が、頑張ります」
ミーナもフラムも、大和に恋をしている。レベッカに見抜かれて初めてお互いを意識したとはいえ、みんながみんな大和に恋してたのは見ればわかったから、あたし達は三人揃って大和と結婚するために動くことに決めたの。
二人とは長い付き合いになるとは思っていたけど、こんなことになるとはさすがに思わなかったけどね。
順番は大和との付き合いが長い順ってことであたしからになって、次はミーナ、最後がフラムに決まった。フラムの方が出会ったのは先なんだけど、大和との付き合いはミーナの方が長いからってことで、レベッカがそう決めちゃったのよ。
あの子、本当に怖いわ。決闘を申し込んでくれたのは大和からだったけど、予定じゃあたしから申し込むことになってたし、レベッカはその可能性も示唆していたんだから。
だけどそのことは、大和には内緒にしている。婚約した瞬間から隠し事をしているわけだけど、こればっかりは大和に伝えるわけにはいかないのよ。
なにせ大和の世界は一夫一妻が普通だから、三人の女と結婚するには抵抗があるんじゃないかって思えるし、その認識を少しでも変えるのが最初に告白されたあたしの役目でもあるの。
それもこれも、全ては大和がヘリオスオーブに留まることを決めてくれたからよ。そうじゃなかったら、元の世界に帰る方法があったら、大和は帰ることを選んだかもしれないんだから。
「それにしても、すごく疲れたわ。少し休めば魔力は回復するけど、グリーン・ファングと戦った時でもここまで消耗しなかったわよ」
「それは俺もだな。こんなに疲れたのは、ヘリオスオーブに来てからだと初めてだ」
ブラック・フェンリルを倒した時でも息一つ乱さなかった大和だけど、あたしとの決闘では魔法、刻印術の使用が禁止されていたせいもあってか、かなり消耗している。もしかして、けっこうギリギリだったのかしら?
「大和、あたしは魔力が限界だったから、あのタイミングで仕掛けるしかなかったんだけど、大和はまだ余裕あったのよね?」
「いや、俺もあんまり余裕はなかったな。あのままだったら先にプリムが倒れるとは思ってたけど、そんな決着は認められないし、その後で俺も立てなくなっただろうから、プリムが仕掛けてこなかったら俺から行くつもりだった」
大和もけっこうすごい汗をかいてるから、本当にギリギリだったみたいね。あたしは限界だったこともあって、少し焦ってたのかもしれないわ。言い訳だけどね。
「それでもプリムの負けに変わりはないし、文句もないんでしょう?」
「ないわ。むしろあたしの一撃を受けてくれたんだから、感謝してるわ」
あたしの初撃を受け流した大和だけど、あの動きならわざわざ受け流す必要はなかったと思う。まさかあえて突っ込むことで槍の勢いを殺して、武器を損なうことなく受け流されるとは思わなかったし、本当に一瞬だけど怯んだあたしの隙をついて勝負を決めることだってできたはずよ。
「プリムに決闘を申し込むと決めた時から、どうやって槍の一撃を避けるか散々シミュレーションを繰り返してたからな。幸い俺の通ってた学校に槍の達人がいるから、先生との修行を思い出しながら対策を練れたのも大きかった」
大和の師匠って、本当に化け物ばかりなのね。いまだに一本もとったことがないっていう話だけど、それってあたしじゃ絶対に勝てないってことじゃない。槍との戦いに慣れてるとは思ったけど、本当に慣れてたのね。
「それだけじゃなく、プリムの戦いを何度も見てたからな。動きも速度も、だいたいは把握できていたよ。パワーだけは未知数だったから、あの時反撃できなかったけど」
大和もあんまり余裕がなかったのね。ということは勝敗を分けたのは、お互いの戦いを見ていたかどうかってことになるのかしら?大和が剣を使ってるところなんて、ほとんど見なかったし。
「それはあるかもしれないな。勝負してみてわかったけど、力量も魔力もほとんど互角だったから、俺も絶対に勝てるとは思わなかった。しかもプリムは槍を使うから、接近できなきゃ厳しかったしな」
耳が痛いわ。だけどあたしは初撃で決めるつもりだったから、あの一撃に全身全霊を込めていたのよ。二撃目の薙ぎ払いは癖だからそれなりの攻撃力はあったと思うけど、初撃に比べると威力は落ちてたと思うし。
それにしても決着がついたばかりなのに、なんであたし達はこんな話をしてるのかしら?こっちの方が性に合ってるとは思うけど、婚約したばかりの恋人同士の会話じゃないわよね。
あたし達らしくていいかもしれないけどね。
いつまでもここにいても仕方ないから、まずは外に出て、どうするかを考えましょう。
「プリムさん、私は明日、告白してみようと思います」
「私はプラダ村に出発する前にと思ってますけど、難しいようなら道中でということになります。婚約されたばかりで申し訳ないですが……」
大和は母様のお買い物に付き合ってるし、ラウスとレベッカは依頼掲示板を見ているから、獣車にはあたしとミーナ、フラムの三人しかいない。そこであたし達は、今後の予定を話し合うことにしたの。
どうやらミーナは明日、フラムは明後日以降に大和に告白することに決めたみたい。ミーナはともかくフラムはしばらくプラダ村でお仕事があるから、次にフィールに来るのは早くても一月は先になる。だからフラムは時間がないんだけど、レベッカはそれを見越して順番を決めていたみたいね。まさか時間がないことを逆手にとるなんて、やっぱり恐ろしい子だわ、レベッカって。
「気にしないで。できれば三人同時に結婚したいし、二人なら大和も受け入れてくれるんじゃないかって思うし」
懸念事項はあるけどあたしもフォローするつもりだし、いずれ大和はアミスターの貴族を押し付けられるだろうから、今のうちに複数の妻がいるに越したことはないわ。領代の三人は大丈夫だと思うけど……いえ、アーキライト子爵のお子さんはまだ小さいし、ソフィア伯爵のお嬢さんは二人とも結婚してると聞いてるから大丈夫だけど、フレデリカ侯爵は微妙なところね。まだ独身だし結婚相手を探してるって聞いてるから、無理やりねじ込んでくるかもしれないわ。
だけどあたしだけじゃなくてあの子のこともあるから、今日明日に話を持ってくることはないと思う。何しろ大和の功績やレベルを考えれば、王族を押し付けられてもおかしくはないんだから。
それならまだ、未婚の母の方が可能性が高いわね。フレデリカ侯爵ならあたしは構わないけど、大和がどう思うかが問題になるわね、その場合は。




