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33・二人の覚悟と決意

Side・プリム


 母様のヒーラー登録が終わると、サフィアさんはギルドの職員に仕事が溜まってるからということで無理やり連れていかれてしまった。名残惜しそうだったけどヒーラーズギルドの仕事は直接人の命に関わることが多いから、無理をしない程度に頑張ってもらいたいものだわ。


「これで私もヒーラーね。まだ駆け出しだしギルドに常駐することは難しいから、しばらくは快癒魔法ヒーラーズマジックを覚えることに集中することにするわ」


 母様としてはヒーラーズギルドに常駐したいそうなんだけど、まだ全てが片付いたわけじゃないからあたしと大和が全力で止めて、サフィアさんもそれに同意してくれたから、母様も渋々だけど諦めてくれたわ。いずれは常駐してもらってもいいと思うけど、まだサーシェス・トレンネルとパトリオット・プライドが残ってるし、レティセンシアの工作員も近くにいるんだから、それが片付くまではフレデリカ侯爵の屋敷で大人しくしててもらわないと。


 ちなみにこれが母様のヒーラーズライセンスよ。


 アプリコット・ハイドランシア

 36歳

 Lv.32

 獣族・フォクシー

 ヒーラーズギルド:アミスター王国 フィール

 ヒーラーズランク:ティン(G-T)


 ヒーラーズギルドのランクアップは、試験を受けなければいけないそうよ。該当ランクの魔法が使えることは大前提で、どういった状況で魔法を使うのかとか、効果的に使うにはどうすればいいのかとか、こういった場合に使ったらどうなるのか、といった知識も必要になるの。聞いてるだけで頭が痛くなってくるけど、ヒーラーにとっては常識だそうだし、母様もそれぐらいは勉強していたそうだから、後は快癒魔法ヒーラーズマジックを使えるようになったら試験を受けるそうよ。

 あたしも手伝えることは手伝おうと思っているわ。


 だけどその前に、どうしてもやらなければいけないことがあるのよね。


「プリム、頼みがあるんだがいいか?」


 そう思ってたんだけど、先に大和が口を開いちゃったからあたしは言葉を飲み込んでしまった。


「な、なに?」

「決闘を申し込む。俺と勝負してくれ」

「別にいいけど……えっ!?」


 ちょ、ちょっと待って。大和があたしに決闘を挑んだってことは……もしかしなくてもそういうことなの?


「あらあら、これは嬉しい展開ね。どうするの、プリム?」


 母様はちょっと黙ってて!


「そんな目で睨んできても、そんなに尻尾を振ってたら意味ないわよ?」


 言われて気が付いたけど、あたしの尻尾はかつてないほど激しく左右に振られていた。ちょっと!止まってよ、あたしの尻尾!!


「あー、その、なんだ。もしかしてプリム……」


 気付かれた!これは絶対に気付かれたわ!

 でもいいわよ!大和もあたしのことを想ってくれてたなんて、嬉しくて仕方ないんだから!!

 だけどなんで母様の前でそんなこと言ったのよ!?いや、あたしも同じこと言おうとしてたんだけどさ!


「アプリコットさんの前でプリムに勝てば、アプリコットさんにも認めてもらえると思ったからな」


 そこまで考えてたなんて……。尻尾がさっきより激しく振れてるけど、もうどうでもいいわ。


 だけど大和からは、どうしてもあたしに勝ちたいっていう気迫が伝わってくる。あたしに勝って、あたしの理想を叶えようとしてくれている。

 だったらあたしも、全力で受けて立つわ。


「わかったわ。場所はハンターズギルドの訓練室でいい?」

「外に出るわけにはいかないからな。問題ない」

「魔法、刻印術はフィジカリング以外使用禁止。武器は木剣、木槍でいいかしら?」

「もちろんだ。俺も刻印術を使うつもりもなかったし、刻印法具も使わない」


 刻印法具も使わないなんて、本当に自分の力だけであたしに勝つつもりね。だけどそれは羽纏魔法を使えないあたしも似たようなものだから、条件としては五分になる。実際はレベル差があるけど、翼族のあたしは大和とのレベル差ぐらいなら何度も覆してきたから、そっちでも対等になると思う。


「勝敗は先に有効打を入れた方の勝ちってことでいい?」

「ああ。それと武器が壊れる可能性が高いから、格闘戦もありってことにしよう」


 マナリングも使ってない木剣や木槍じゃ、まともに打ち合えばすぐに壊れるでしょうね。それは刃引きした武器でも変わらない、というかもっとひどいことになるだろうから、他に選択肢もないか。マナリングを使えば刃引きした武器でも多少は使えるけど、あたし達の魔力なら普通に人を斬れるようになっちゃうしね。

 そういうことなら格闘戦ありもやむをえないわ。


「いいわよ。それじゃあ行きましょうか」

「ああ」


 傍から見れば物騒な会話だけど、あたし達は互いに本気も本気。


 そのせいもあってか、あたし達は一言も言葉を交わさずにハンターズギルドの訓練室に到着してしまった。

 だけど不思議と気まずいとは思わなかったわね。大和の実力を肌で感じてみたかったっていうのもあるし、何よりこの決闘は大和があたしをものにするために挑んでくれたもの。互いに惹かれあってることはわかったし、それだけでも十分なんだけど、やっぱりあたしとしてはあたしより強い男にこの身を任せたい。


 だから大和、あたしは一切の手を抜かないわよ。


Side・アプリコット


 今日はいい日だわ。フレデリカ侯爵の屋敷でも不自由なく過ごさせてもらっていたけど、ここまで嬉しいことはなかった。主人と結婚した時やプリムが生まれた時にも同じような気持になったけど、今日はそれ以上かもしれないわ。


 プリムより強い男の人が現れるなんて思ってもいなかったから、大和君がプリムに決闘を挑んでくれたことは本当に嬉しい。プリムに決闘を挑むということは大和君がプリムに惹かれていて、しかも元の世界には帰らないと言ってくれたも同然。

 プリムも今まで見たこともないほど激しく尻尾を振っていたから、お互いに気付かなかっただけで両想いだったことも間違いないわ。


 だけどだからこそ、プリムも大和君も本気で戦うことを決意している。

 プリムに決闘を挑んだ人は多かったけど、私は一度も心配したことはなかった。プリムよりレベルの高いハイクラスの人でさえ、プリムのフィジカリングとマナリング、そして羽纏魔法の前に膝を屈した姿を何度も見てきたんだから。


 だけど今日、初めて心配する気持ちが湧き上がってきているわ。

 プリムもハイクラスに進化したし、大和君のアドバイスで新しい羽纏魔法まで生み出してしまった。この数日で48だったレベルも54まで上がっているから、プリムに勝てる人は、エンシェントクラスに進化しているというハンターズギルドのグランドマスターぐらいで、Pランクのハンターでも難しいと思う。

 普通ならハイヒューマンレベル59Gランクの大和君も勝てないと思うんだけど、彼はプリムが成長するきっかけを作ってくれた人でもある。極炎の翼だって大和君のアドバイスがあったからこそ誕生したといってもいいわ。


 その大和君と本気で戦うんだから、いくらプリムが成長しているとはいっても、どうしても心配してしまうものよ。


「プリム、勝算はあるの?」

「ないわよ。だけど大和は正面からの勝負を望んでるし、あたしもそう。だから勝敗はどうあれ、あたしはあたしの全力を尽くすだけよ」


 今までのプリムは、決闘こそ真剣に挑んでいたものの、決闘の前は常に面倒くさそうにしていた。プリムの心を動かす人がいなかったということもあるけど、公爵家の権力と財力を狙って、当時はまだ令嬢だったプリムに挑んできた人ばかりだったんだから当然かもしれない。


 だけど大和君は、そんなものは最初から眼中にすらない。純粋にプリムに惹かれているからこそ、本気で挑んでくれようとしている。だからプリムも、今はとてもいい顔をしているわ。


 願わくばプリムには勝ってもらいたいけど、心の中では大和君を応援している自分もいる。これじゃ母親としては失格かもしれないわね。


「準備はいいですか?」


 中央に立っているのは審判を引き受けてくれたリクシーの女性で、二人の担当だっていう受付嬢さん。確かカミナさんだったかしら?レベル38のBランクで、サブマスターを除けばもっともレベルが高い職員さんだそうよ。

 他にもフィールの街を案内してくれた騎士団長の妹さんに、先日プラダ村で会った子達もきているわね。プリムに聞きたいことができたけど、この場にいるってことは二人の関係も知っているだろうし、もしかしたらあの二人はそうなのかもしれないから、立ち会う資格はあるってことなんでしょう。


「いつでも」

「いいわよ」


 二人が中央に進んで武器を構えると、カミナさんが上げていた手を勢いよく振り下ろした。


「それでは、始めっ!」


 開始の合図と同時に、二人ともフィジカリングを全開で使ったのがわかった。


「す、すごい……」

「レベル50オーバーのハイクラスって、こんなにすごい魔力なんだ……」


 ラウス君とレベッカちゃんだったかしら?二人が驚くのも当然で、私もこんなにすごい魔力を感じたのは初めてだわ。


「動かないけど……どうしてなんですか?」

「武器が木製だからだと思います。フィジカリング以外の魔法は使用禁止と聞いていますから、打ち合った瞬間に武器は粉々に砕け散ってしまいます。ですから多分、お互いの隙を狙っているんだと」


 あっちのウンディーネがフラムちゃんで、団長の妹さんがミーナちゃんだったわね。ミーナちゃんは見習いとはいえ騎士だから、二人の狙いがわかるのね。私も戦いのことはわからないから、解説はすごく助かるわ。


 二人が武器を構えて一歩も動かないまま、どれぐらいの時間が経ったのかしら?体感では一時間以上は経ってると思うんだけど、もしかしたら一分も経ってないかもしれない。見てるこっちが疲れることがあるなんて……。

 単純な魔力ならレベルが高い大和君の方が多いんでしょうけど、翼族のプリムは少々のレベル差ならば覆してしまう。その二人の魔力が拮抗しているからなのか、ものすごい圧迫感を感じるわ。ミーナちゃんもフラムちゃんもラウス君もレベッカちゃんも、審判のカミナさんもすごい汗をかいているし、多分私もそうだと思う。戦ってるのがプリムじゃなかったら、私は逃げ出していたかもしれないわね。


 だけど愛する娘が、愛する人の気持ちに応えて全力で挑んでいるのだから、母である私が逃げ出すことは許されない。どんな結果になろうと、私にはこの決闘の結末を見届ける義務がある。


 だから頑張って、プリム。勝ってください、大和君。

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