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32・ヒーラーズギルドへの登録

 アマティスタ侯爵家で報告を終え、晴れて自由の身になった俺達は、アプリコットさんの希望でヒーラーズギルドに向かうことになった。


 アプリコットさんが回復魔法を得意としてることは聞いていたが、この機会に登録したいと言われてしまえば護衛としてはついていくしかないしな。それに借りたままになっていた獣車も返すことができたし、オネストも久しぶりに外出できるからけっこう嬉しそうだ。後でジェイドとフロライトに会わせてみよう。


「着いたわよ、母様。ここがヒーラーズギルドよ」

「清潔感のある建物ね」

「入院施設もあるそうですし、緊急事態に備えるために24時間開いているそうですから、常駐しているヒーラーも多いそうですよ」


 24時間開いているのは助かるよな。ケガも病気も時間、身分すら問わないんだから、いつでも来ることができるっていうのは精神的にも安心できる。もちろん常駐していないヒーラーも多いんだが、そういった人達は騎士だったりハンターだったりすることもあるし、貴族なんかだと常駐自体が難しいこともある。そういう場合は主にプライマリー・ヒーラーっていう、所謂かかりつけ医になったり、緊急時の呼び出しを了承することでギルドに貢献しているそうだ。


 あとヒーラーズランクは覚えている回復魔法の比重が高く、試験を受けることでランクアップすることになるそうだ。


「あたしはブラッド・ヒーリングまでしか使えないから、ヒーラーズランクだとBになるわね。もちろんヒーラー登録することで覚えられる快癒魔法ヒーラーズマジックも対象になるから一概には言えないけど、少なくともブラッド・ヒーリングを基準に考えるとそうなるわ」


 快癒魔法ヒーラーズマジックか。


 俺もプリムも最近までギルドに登録することで覚えられる、組合魔法ギルドマジックと一括される魔法のことを知らなかったから慌てて勉強したし、今も勉強してる最中なんだが、その魔法も対象になるってことは今覚えてる回復魔法は、ハンターズランクと同じく適正ランク扱いになるのかもしれないな。


「私が調べた限りでは、大和君の考えてる通りみたいよ。私は欠損部があれば接合することができるノーブル・ヒーリングまで使えるけど、ノーブル・ヒーリングはGランクに該当するわね」


 条件次第とはいえ部位欠損を治すことのできる魔法もあるのか。って、あれ?ということはハイ・ヒーリングとかじゃ治せないってことか?


「ええ、無理よ。いえ、ハイ・ヒーリングならできなくもないんだけど、条件が厳しいのよ。なにしろ切断されてすぐ、しかも切断面が綺麗じゃないといけないから、ほとんど無理と思って間違いないわ」


 それは厳しいな。ノーブル・ヒーリングは食い千切られてズタズタの状態でも治すことができるから、万に一つの可能性に賭けるような状態でもなければノーブル・ヒーリングを使うことがほとんどだっていうのも納得だ。


「それじゃあ登録しちゃうわね。そんなに時間はかからないと思うけど、どこかに行くなら行ってもいいわよ?」

「いえ、特に用はないですし、久しぶりの外出なんですから今日は付き合いますよ」

「護衛契約はもう終わってるんだから、無理に付き合ってくれなくてもいいのよ?」

「そういうわけではないんですけどね」


 アプリコットさんとの護衛契約は終わってるから、今は俺の好意ってことになっているんだが、それだけが理由じゃないんだよ。


「私としてはありがたいんだけどね。それじゃあ登録してくるわ」

「ええ、いってらっしゃい」


 ハンターどももいなくなったし、特に護衛する必要ないと思うんだが、ヒーラーズギルドの登録とかも興味あるから、俺はアプリコットさんの後ろから様子を見ることにしてみた。プリムも興味あるみたいで、俺の隣で見ている。


「後ろから見られていると、なんか落ち着かないわね。終わったからいいんだけど」


 なんかすいません。だけど興味があったんです。


「申込書はどこのギルドでも共通よ。ライブラリーに表示できるようにするから、変えようがないっていう理由もあるみたいだけど」

「仰る通りです。では登録しますので、しばらくお待ちください」

「ええ」


 ヒーラーズギルドもそうだが、ギルドの受付の人もそのギルドにしっかりと登録している。聞いた話だが最低でもBランクでなければギルドで働くことはできないそうだ。ハンターズギルドはSランク以上のハンターはそれほど多くないし、それは覚えている魔法でランクが決まるヒーラーズギルドも同じらしい。


「お待たせしました。こちらがヒーラーズライセンスです。こちらに血をお願いします」


 他のギルドのライセンスを見たのは初めてだが、違いは色だけみたいだな。


 これも後で知ったんだが、ハンターズライセンスは赤、ヒーラーズライセンスは白、クタフターズライセンスは黄、トレーダーズライセンスは青、そしてサーヴァントライセンスは緑になっているから、ライセンスを見ればどのギルドのものかはすぐにわかるそうだ。


 同時に二つのギルドまでなら登録することができるので、その場合は後から登録したギルドからユニオンライセンスというものが発行され、先に登録したギルドのライセンスはその場で破棄される規則になっている。


 カードの基本色は最初に登録したギルドのものになり、後から登録されたギルドの色で両方のギルドのマークが記されることになるそうだ。もちろんギルドマークは原色じゃなく、黒か白で縁取られてだけどな。

 例えば最初にクラフターズギルドに登録して、後からトレーダーズギルドに登録した場合は、黄色いライセンスに緑でクラフターズギルド、トレーダーズギルド両方のマークが記されることになる。


「ありがとうございます。それではこれで登録は終了になります。続いて現在習得されている回復魔法を見せていただきますので、第二診察室までお願いします」

「わかりました」


 おっと、これで終わりかと思ってたのに、ヒーラーズギルドだと回復魔法の実演をしなきゃいけないのか。


 どうやらこれは、申込書に記入するだけして使えないといった事態を防ぐために、設立当初から決められている規則なんだそうだ。どんな治療をするかはヒーラーによって異なり、実際過去にはブラッド・ヒーリングまで必要なのにハイ・ヒーリングで済ませるて暴利をふんだくる悪徳ヒーラーもいたらしい。

 しかもヒーラーズギルドが詳しく調べてみたら、そのヒーラー、実はブラッド・ヒーリングは使えなかったことが発覚したらしいからかなり問題になったそうだ。当然だがその悪徳ヒーラーはヒーラーズギルドを除名になり、王家に引き渡された上で処刑されたらしいぞ。まだヒーラーズギルド設立者の客人まれびとが存命だった頃みたいだから、王家としてもかなりご立腹だったって記録が残ってた。


「ここがヒーラーズギルドの診察室か。俺の世界の病院とあんまり変わらないな」


 診察室にはヒーラーが座る椅子とカルテを置く机に棚、それと簡易ベッドがあるだけだった。個室になってはいるが部屋の奥にドアはなく、緊急の場合はすぐに患者を運ぶことができるようになっているそうだ。


「初めまして、私はフィールのヒーラーズマスターをさせていただいている、サフィア・シュタルシュタインと申します」


 その診察室にいたのは、まさかのヒーラーズマスターだった。種族はアプリコットさんと同じフォクシーだが、毛色はプリムと同じ白で、名前から判断すると貴族出身なのかもしれない。というかヒーラーズマスターも女性なのか。まあ人口比からすれば珍しくないのかもしれないんだが。


「まさかギルドマスターがいらっしゃるとは思いませんでした」

「私もフィールに住む者として、そちらのお二人には感謝していますから。それにフレデリカ侯爵からもアプリコット様が登録に来られると連絡がありましたから、感謝も込めてお会いさせていただいたんです」


 ここでヒーラーズマスターが出てきたのって、俺達のせいかよ。というかアプリコットさんのことを知ってる感じだけど、それもフレデリカ侯爵から聞いたのか?


「覚えてらっしゃらないかもしれませんが、私はシュタルシュタイン侯爵家の長女でして、20年前にハイドランシア公爵とアプリコット様の結婚式に出席させていただいたんです」

「そ、そうだったんですか。覚えておらず、申し訳ありません」

「お気になさらず。アミスター陛下の名代ではなく、名代の付き添いとして出席したのですから、覚えてらっしゃらなくても仕方ありません」


 まさかの繋がりだな。さすがに予想できんかったぞ。


 聞けば家督は最近年の離れた弟さんが継いだそうで、サフィアさんとしては心置きなくヒーラーとして活動することができ、気が付いたらフィール支部のギルドマスターになっていたとか。


 ヒーラーズマスターになるには、Aランクに該当するエクストラ・ヒーリングっていう魔法が使えなきゃいけないそうだから、ヒーラーとしての実力は間違いなく一流だな。

 Oランクになるためにはリヴァイバリングという、先天性欠損回復魔法を使えるようにならなければならないんだが、エクストラ・ヒーリングまでとは難易度が桁違いってこともあってギルド設立者の客人まれびと以外で使えた人はいないそうだ。


 ちなみにシュタルシュタイン侯爵領は王都の東にある、海に面した風光明媚な土地だそうだ。


「まだまだ話は尽きませんが、今は魔法の確認中になりますから、先にそちらを済ませてしまいましょう」

「ええ、お願いします」

「はい。申込書によればアプリコット様はノーブル・ヒーリングまで使うことができるそうですね。お手数ですがこちらのメディカルドールに使っていただけますか?」

「わかりました」


 メディカルドールって何ぞや?と思っていたらサフィアさんが教えてくれた。

 メディカルドールは回復魔法の練習や試験の際に使用される人体を模した人形のことで、様々な魔物の素材と魔石、鉱石を使うことで回復魔法によって外傷に相当する傷を塞ぐことができる魔導具だそうだ。一体で神金貨が何枚も飛ぶすさまじく高価な物で、万が一このメディカルドールを盗んだりすれば、身分の大小に関係なく死刑になるらしい。どんな素材を使ってるのか、恐ろしすぎて聞けないな。


「そんな魔導具があるんですね。知りませんでした」

「用途としては回復魔法の練習ぐらいしか使いませんからね。一応人体を模してはいますが、使っている素材のせいでとても人間には見えませんから身代わりにもなりません。シルエットならわかりませんが、そのためにメディカルドールを使うなんてお金がかかり過ぎますし」


 だな。単に人型の影を窓とかに映し出すだけなら方法はいくらでもあるから、そのためだけにメディカルドールを使うなんて費用効果が悪すぎるにも程がある。なにせ目の前にあるメディカルドールは、魔物の毛皮がチグハグに縫い合わされたサンドバッグに、手足頭がついてるようなもんなんだからな。いや、影だけでならしっかりと人間に見えるぞ。

 ちなみに今はアプリコットさんがノーブル・ヒーリングを使うことを確認するために、右腕部が切り離されている状態になっている。


「それではいきます。『ノーブル・ヒーリング』」


 おお、切り落とされてる右腕部がしっかりと繋がってく。初めて見たけどこれはすごいな。


「お見事です。元々ノーブル・ヒーリングは上級聖属性魔法になりますが、快癒魔法ヒーラーズマジックを除けば最上位になります。ですが実際に使える人はヒーラーズギルドでも多くはありませんから、アプリコット様が登録してくださったことは私達としてもとてもありがたいお話です」


 サフィアさんが満面の笑顔で答えてくれたが、実際にノーブル・ヒーリングを使えるヒーラーは大きな街とかなら何人かは配属されているが、小さな村だと一人もいないことがあるそうだ。もちろんそんなことがないようにヒーラーズギルドとしても調整をしているが、優秀なヒーラーは領主としても手放したくないから基本的に領内での移動がメインになってしまい、その結果小さな村にはヒーラーを回せないこともあるらしい。


 サフィアさんはギルドマスターになることができたからシュタルシュタイン侯爵領から王家直轄領のフィールに配属されたが、これはフィールの前ヒーラーズマスターが引退したためなので、シュタルシュタイン侯爵としても引き留めることができなかったという事情があるらしい。Aランクヒーラーはシュタルシュタイン侯爵領だけで、サフィアさんを含めて四人とアミスターでも最多数だったことも理由になっているらしい。


 ハンターズギルドも大変だと思ったが、ヒーラーズギルドもけっこう大変なんだな。この分じゃトレーダーズギルドやクラフターズギルド、今のところ縁はないがバトラーズギルドも似たような事情を抱えてそうだなぁ。

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