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31・侯爵の憂鬱

Side・フレデリカ


 こういう時、なんて言ったらいいのかしらね?

 いえ、今回の依頼は早期達成が望ましいし、あの二人ならそれぐらいはできると思っていたんだけど、まさかトレーダーズギルドに立て籠もったノーブル・ソードを生け捕りにしたばかりか、一人も殺さずに全てのハンターを捕らえるなんて思わなかったわ。

 ブラック・フェンリルやグリーン・ファング、エビル・ドレイクといった国を傾ける、あるいは滅ぼすことのできる異常種、災害種を簡単に討伐してくるんだから可能性はあったんだけど、それでも一人二人ぐらいは命を落とすと思っていたのに。


「フレデリカ様、先程先触れが参りました。あと30分程で到着するとのことです。また、今回はアプリコット様も同席なさりたいと仰っておられますが、いかがなさいますか?」

「同席していただきまましょう。フィールに来られてからプリムローズ嬢とはお会いになられていませんから」

「かしこまりました」


 一礼して父の頃からアマティスタ侯爵家に仕えてくれているラミアのメイド、ミュンが下がる。メイドだけど父の妻の一人でもあるし、私も母上と慕っていたんだけど、子供ができなかったこともあって父の死後はメイド長として私を支え続けてくれている、私にとっては頼れる女性よ。私の実の母はアマティスタ侯爵領の雑務を引き受けてくれているからここにはいないんだけど、その分彼女にはたっぷりと甘えさせてもらっているわ。


 そこまで頭に思い浮かべてから、私は今の問題を思い出した。

 プラダ村から来てくれた子達が新しくハンターになってくれたのはよかったけど、それでもCランクが一人、Iランクが二人と、正直戦力としては心許ない。もちろん本来ならこれが普通で、登録と同時にGランクになるあの二人のほうがおかしいのはわかってるんだけど、フィールの現状を鑑みると一人でも多く優秀なハンターがほしいところだわ。


 本来なら隣の領地から応援のハンターを呼ぶところなんだけど、こちらの都合で呼ぶことになるから依頼という体裁を取らざるをえないかもしれないわね。


「失礼します。フレデリカ様、アプリコット様をお連れしました」

「ありがとう」

「失礼します、フレデリカ様。私の希望を聞き届けてくださって、感謝します」

「お気になさらず。むしろご令嬢がフィールを救ってくださったのに、屋敷に軟禁状態になってしまっているのですから。やむをえないこととはいえ、現状をお詫びさせていただきます」


 現在アプリコット様は、アマティスタ侯爵家の客人として滞在されている。プリムローズ嬢の母君ということもあるからソフィア伯爵もアーキライト子爵も快く協力してくれているわ。それにソフィア伯爵は彼らが従魔契約したヒポグリフに強い興味を持っているし、アーキライト子爵は奥方の獣魔でもあるワイバーンを殺したハンターの件でとても感謝しているから、彼らとの関係も良好と言ってもいいものになっているのも大きいわね。


 だけどハンターの数が少ないという現状は、さすがに問題になる。もちろんこうなることを承知の上で捕縛を決定したから、騎士団もしばらくはハンターズギルドの依頼をこなすことになっているし、私達の部下の兵士も手伝うことになっているんだけど、彼らはハンターではないから治安や警備の面で問題がでてきてしまう。もちろんハンターズギルドに登録してる者もいるし、その者達には優先的に依頼を受けてもらっているんだけど、それでも魔物に命を奪われたりケガを負わされたり、泊りがけで狩りに出向くこともあるから、人手は全く足りていない。本当に頭の痛いところだわ。


「それでフレデリカ様、これからプリムや大和君が来ると聞いていますが、問題は解決したのですか?」

「はい。お聞きになられていると思いますが、彼らにはライセンスを剥奪されたハンターの捕縛を依頼しており、先程全員を捕らえたと報告がありました。残るは解任されたハンターズマスターのサーシェス・トレンネルと彼の護衛をしているパトリオット・プライドというレイドですが、こちらはまだフィールに戻ってきていませんし、もしかしたら王都で身柄を拘束されているかもしれませんので、しばらくは大丈夫だと思います」


 王都にはGランクハンターが何人かいるから、彼らの身柄が拘束されている可能性は高い。もちろん不穏な空気を察知して逃げた可能性もあるけど、王都に報告に行かせた部下には絶対に接触しないように厳命してあるから、まだ気が付いてないと思いたいわ。


「そうですか。では私が狙われることもなくなるでしょうから、今晩からは娘達と同じ宿に泊まることにさせていただきます」


 しまったわ。元々アプリコット様がアマティスタ侯爵家に滞在している理由は、フィールの治安がハンターによって乱されていて、敵対する可能性が高いプリムローズ嬢の動きを抑えられないようにするためだったのに、そのハンターがいなくなった以上、滞在する理由がなくなってしまったじゃない。勿論それは良いことなんだけど、Gランクハンターとの縁は少しでも大きいものにしておきたいから、何とか引き止めないと。


「いえ、まだサーシェス・トレンネルとパトリオット・プライドが残っている以上、身の安全が保証されたわけではありません。ですからもうしばらく、ご滞在していただきたいと思います」


 とはいえ、ずっと屋敷に軟禁状態になっているのも大変だから、今日ぐらいはそれでもいいかもしれないわね。久しぶりにお嬢様と話したいこともあるでしょうから。


「ですがすぐに彼らが戻ってくるとは限りませんし、ずっと屋敷に閉じ籠っているのもよくはありませんから、今日ぐらいでしたらお嬢様達とご一緒されてもいいかもしれませんね」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


 アプリコット様も本心じゃ納得されてないかもしれないけど、私達からすれば少しでもリスクは減らしたいわ。公爵夫人でもあるアプリコット様もその辺りはご理解してくださっているだろうから、あまりご無理を言ってこられないのが幸いね。


 そういえばプリムローズ嬢から聞いたけど、アプリコット様はフィールでやろうと思っていたことがあったわね。せっかくだし聞いてみようかしら。


「そういえばアプリコット様は回復魔法が得意と伺いましたが、ヒーラーズギルドにはご登録はされないのですか?」

「フィールに来た当初はそのつもりでしたし、今も機会があれば登録したいと思っていますが、よろしいのですか?」


 ヒーラーズギルドは70年前に王家に嫁がれた客人まれびとが設立された、一番新しいギルドになるわ。色々な問題を解決しながらだったからかなりの時間がかかって、確か正式に設立されたのは50年前だったはずよ。その頃にはお相手だった当時の国王陛下もお亡くなりになられていたし、その方自身もご高齢だったからグランド・ヒーラーズマスターになられることはなかったけど、それまでご活躍と設立された功績を評価されて最初のOランクヒーラーになられたはずだわ。その方はクラフターズギルドからも調理師としての腕を認められてOランククラフターにもなられているけど、複数のギルドでOランクになった人は後にも先にもその方だけね。


 ヒーラーズギルドの総本部は王都にあり、どんな小さな村にも、必ず支部が設立されているの。徐々に他国にも進出しているけど、ソレムネ帝国とレティセンシア皇国は敵国でもあるために進出する予定はなく、バリエンテもここ最近の情勢を見る限りでは撤退する可能性があるわ。


「でしたら後程登録されてはいかがですか?フィールとしても優秀なヒーラーはありがたいですし、登録されれば快癒魔法ヒーラーズマジックも使えるようになりますから、アプリコット様も有効に時間を使えるようになると思いますよ」


 失言だったかしら?いえ、ハンターがいなくなった今だからこそ言えるわけであって、決して今まで無駄に時間を過ごしていただいていたわけじゃないのよ?


「ありがとうございます。実はいつかヒーラー登録をしようと思っていまして、滞在させていただいている間に回復魔法の練習をしておりました。ご存知かと思いますが、指を切ってしまった調理師や園芸師の方に対してですから、練習台にしてしまったようで気が引けてしまうのですが」


 それはミュンからも報告があったから知っています。仮に練習台であっても無償でケガを治してもらえるのはありがたいですから、問題にするようなことはありませんよ。


「その程度でしたら問題はありません。というより、こちらからお礼を言わせていただくことです。小さなケガであってもヒーラーズギルドに行けばいくらかは必要になりますから」


 ヒーラーズギルドの治療費は数十エルから数百エルだけど、基本的にレベルが高いほど金額も高くなる傾向がある。

 理由としては高レベルの人ほど自己回復力も高いんだけど、その回復力が追い付かない程の傷を受けてしまうと、治療するためにはヒーラーも多くの魔力を消費することになってしまうからなの。それにレベルの高い人は収入も多いから、多少高くても苦にならないという理由もあるわ。


 さすがに騎士やハンターは緊急治療が必要になることも多いし、その場合の治療費は1000エルを超えることもあるけど、ヒーラーズギルドは国やハンターズギルドとも提携しているから、その場合は国やハンターズギルドが治療費の半分を負担してくれることになっているし、騎士の場合は俸禄から2割、ハンターズギルドの場合ハンターの報酬から治療費の2割を、完済するまでの間は天引きすることになっているから踏み倒される恐れもほとんどないわ。


 確かクラフターズギルドとトレーダーズギルドも提携を考えていると聞いているわね。


「ありがとうございます。では後程、プリムと大和君に案内をお願いしてみようと思います」

「それがよろしいですね。せっかくですからフィールの街も見ていただきたいですし」


 アプリコット様はフィールに来た初日からずっとアマティスタ侯爵家に滞在されていて、今日まで屋敷の外に出られることもなかったから、フィールの観光もまだされていない。完全にこちらの都合なんだけど、ご理解いただけているのは幸いだわ。軟禁状態ではあっても軟禁ではないのだから、なるべく不自由がないように手配はしていたけど、それでも外に出られないということはストレスになっていたでしょうしね。


「ありがとうございます。では今日はプリム達と同じ宿に泊まらせていただき、明日以降はまたしばらくこちらにご厄介にならせていただきます」

「わかりました。じきに彼らも到着しますので、今日は久しぶりの親子水入らず、とは少し違うかもしれませんが、ごゆっくりなさってください」


 大和君もプリムローズ嬢も、お互いに好意を抱いているのは間違いないし、プリムローズ嬢なんて確実に落ちてるんだから、親子水入らずでも間違いないと思うんだけどね。

 できれば大和君には、私か他のアミスター貴族の誰かと婚姻関係を結んでもらいたいところだけど、プリムローズ嬢と親しい第二王女殿下がどう出てくるかがわからない以上、迂闊な真似はできないわね。


 いえ、結婚できなくても彼の子供を産ませてもらうのはアリね。

 私の相手として何人かの候補はいるんだけど、どれもパッとしないのよ。かといって子供ができなければ、私の代でアマティスタ侯爵家が途絶えてしまうことになるから、それは避けなければならない。

 幸いにも相手や相手の家族が許可してくれれば未婚の母になることはできるから、プリムローズ嬢との関係がはっきりしたら聞いてみてもいいかもしれないわね。

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