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30・浄化の日

Side・プリム


 タイガーズ・ペインを捕まえたあたし達は、身柄を騎士団に引き渡すと、フロライトとジェイドの採寸をしているラベルナさんのところに戻った。あら、フィアットさんも来てるわね。


「いいね、この仔達は。ミーナとフィアットから君達が契約した時の状況は聞いたけど、早くも影響を受けてるみたいだよ」

「と言うと?」

「まず魔力だけど、生後数ヶ月の仔にしては多い。生後数ヶ月のヒポグリフを見た人ことがある人はいないだろうから、正確じゃないかもしれないけどね」

「私もクラフターズマスターと同意見です」


 クラフターズギルドのマスターと一流の育成師が声をそろえて言うんだから、間違いない気がするわ。


「それと、これは私の経験則になるんですけど、お二人のように強い信頼関係から契約を結んだ従魔は、魔力もそうですが体格も一回り大きくなる傾向があります。ヒポグリフの体長は約3メートル弱ですが、ジェイドとフロライトは5メートル近くにまで成長する可能性がありますね」


 これは予想外ね。だけどあたし達の魔力に影響を受けやすくなるって話だから、二匹は将来的にはただのPランクじゃなく、P-IとかP-Cランクに進化する可能性があるってことになるのかしら?


「それってつまり、異常種とか災害種に進化する可能性があるってことですか?」

「はい。既に希少種には進化していますから、少なくとも成獣になる頃には異常種に進化しているでしょう。その先の災害種ということになると、さすがに前例がないので詳しくはわかりませんが、可能性はあります」


 既に進化してたのね。ってことはこの仔達、もうヒポグリフじゃないってことなの?


「はい。コントラクティングで確認しました。聞いたこともない種族だったので、正直戸惑いましたよ」

「私も見させてもらったよ。ヒポグリフの希少種はグリフォンやグラバーン、ワイバーンなんかと同じでヒポグリフ・ロードっていうのになるんだけど、違ったから驚いたよ。どっちかといえば亜人系だね」

「亜人系?キングとかクイーンとかですか?」

「正解です。ジェイドがヒポグリフ・フィリウス、フロライトがヒポグリフ・フィリアという種族になっていました」


 確か客人の世界の言葉で王子と王女って意味だっけ?だけど亜王種は亜人しかいないんだから亜王種ってことじゃないみたいだし、なんでそんな種族になたったのかしら?


「なぜヒポグリフ・ロードではなくフィリウス、フィリアになったのかはわかりませんが、お二人の魔力が関係してることは間違いないでしょう。まだ生後数ヶ月の子供ということも、関係があるかもしれません」


 どっちも否定できそうもないわね。

 だけどこれは困ったことになるわね。普通のヒポグリフより大きくなるのはほとんど確定だから、いずれ獣具は作り直すことも視野に入れておくべきかもしれないわ。


「ラベルナさん、もしかして成獣になったら、獣具は作り直した方がいいってことですか?」

「そうした方がいいね。私もこれは想定外だったから、どうなるかはちょっとわからないよ」


 やっぱりそうなるか。今は希少種ってことだけど、成獣になる頃には異常種に進化すると思われてて、場合によっては災害種にまで進化する可能性がある以上、どこまで大きくなるかなんてわかったもんじゃないから、これは仕方ないか。


 あれ?ちょっと待ってよ。ということは獣車の中に作る厩舎も、予定より大きく作らないといけないってことになるわよね?


「フィーナ、もしかしなくても厩舎部は大きくした方がいいってことになるわよね?」

「というより、獣車自体を大きくしないといけないでしょうね。普通の大きさだと入れないですから」


 そうなるわよねぇ。これは本当に神金貨を覚悟しとかないといけないか。


「俺の刻印具に入ってる、俺の世界の乗り物を参考にすれば、デザイン的でありながら実用的になると思う。焦らずゆっくり考えよう」

「そうね。フロライトとジェイドが進化してたのは驚いたけど、逆に思ってたより大きくなる可能性があるってわかっただけでも助かったわけだしね」


 獣車を作ってから、入れないぐらいに大きく成長してしまいました、ってことになったら目も当てられないわ。どうするかは後でフィーナも交えて考えるとしましょう。


「ここにいましたか。大和さん、プリムローズさん、少しいいですか?」


 そこに騎士団の副団長、ローズマリーさんが姿を見せた。あたし達を探してたみたいだけど、タイガーズ・ペインのことで何かあったのかしら?


「最後のレイド、ノーブル・ソードが、トレーダーズギルドに立て籠もりました。トレーダーズマスターを人質にして、お二人を呼んで来いと要求しています」


 そう来たか。そうなると先の展開も簡単に予想できるわ。どうせあたし達を呼びつけて、人質を突き付けて抵抗できないあたし達に隷属の魔導具を使おうって魂胆でしょうね。ノーブル・ソードのリーダー含む数人はレティセンシアの貴族だって話だから、あたし達の身柄をレティセンシア皇王に引き渡して、身の安全を図ることも含まれてるでしょうけど。


「そういうことなら行きますよ。すぐに拘束できますし、これでハンターの捕縛依頼も終了になりますね」


 大和もあたしと同じことを考えてるっぽいわね。実際大和なら、人質がいても問答無用で捕縛できるんだから、ノーブル・ソードの企みは失敗したも同然だわ。


「申し訳ありません。本来ならばそんな取引には応じないのですが、トレーダーズマスターにはかなりの無理をお願いしていましたから、ここで見捨てるという選択肢は選びたくないのです」


 確かに事実上交通が封鎖されていたフィールじゃ、トレーダーズギルドには大きな負担をかけていたでしょうね。食べ物はもちろん着る物だって必要だし、ストレスや閉塞感を感じさせないためにも嗜好品だって必要になる。フィールだけで手配するのは大変な上に、街の人の生活を圧迫させるわけにもいかないから、極端に値上げすることも難しい。しかもハンターズギルドの協力は得られない状態だったんだから、どれだけトレーダーズマスターが苦労をしていたかは察して余りあるわ。


 あたし達がフィールに来てからまだ数日だけど、エビル・ドレイク討伐のときにもお世話になったから、絶対に助けなきゃいけないわね。


Side・大和


「そこに手をついて座れ!逆らうとトレーダーズマスターの命はないぞ?」


 俺とプリムは、トレーダーズギルドに来ている。ローズマリーさんの要請っていうこともあるけど、それ以上に世話になった人を見殺しにするなんて寝覚めの悪いことをするつもりはないからな。


 俺達がGランクだってことはノーブル・ソードの連中も知ってるから、俺達の武器、ミスリルブレードとミスリルハルバードは既に取り上げられているが、刻印法具のミラー・リングは見た目普通の腕輪だから俺の腕にある。この時点でノーブル・ソードの運命は決まったも同然だが、何人かはレティセンシアの貴族だから少しぐらいは話を聞いてみようと思ってる。


「一つ聞きたいんだがいいか?」

「なんだ?」

「俺達に隷属の魔導具を使おうっていうのはわかるんだが、そうしたところで何の意味があるんだ?」


 素朴な疑問でもあるが、核心を突く疑問でもある。十中八九レティセンシア皇王に引き渡されることになるんだろうが、そんなことをしてもアミスターとハンターズギルドから制裁を受けることに変わりはない。俺達はGランクのハンターではあるが、Gランクならアミスターには二十人近くいるし、3人しかいないとはいえその上にはPランクハンターもいる。その全てを同時に相手するのは俺でも無理だし、何よりハンターズギルドのグランドマスターは世界で唯一のMランク且つエンシェントクラスだから、グランドマスターが出張ってきた時点で全てが終わることになる。

 それぐらいのことはこいつらの足りない頭でもわかると思うんだけどな。


「決まっている。軟弱な皇王を滅ぼし、我々がレティセンシアの実権を握るのだ。サーシェス様がレティセンシアの王になれば、アミスターどころかソレムネ、リベルターすら取るに足らないからな」


 まさかのクーデターかよ。しかも元ハンターズマスターのサーシェスが王になるってことは、協力者どころか主犯じゃねえか。


「あたしも聞きたいことがあるんだけどいい?」

「俺は慈悲深いからな、許可してやろう」

「鉱山って五つの坑道があって、レティセンシアの工作員は第四坑道のさらに東にいるでしょ?」

「うむ」

「なのになんで第三坑道で盗掘なんかしてたの?第一坑道は再開されたらすぐに人が来るし、第二坑道は崩落事故のせいで封鎖されてるから除外するってのはわかるんだけど、第三坑道はけっこう距離があるから、それなら第四坑道の方が近くていいと思うんだけど?」

「簡単なことだ。第四坑道は数ヶ月前に作られたばかりということもあって、まだ採掘量が少ない上に浅いのだ。それならば多少の危険があっても第三坑道を選ぶのは当然だと思わんか?」


 なるほど、採掘量の問題か。確かに掘り進めるにしてもあれだけの人数じゃたかが知れてるし、結局その坑道はフィールの採掘師や犯罪奴隷が使うことになる。盗掘についてはいい顔はしないだろうが、作業的には楽になるから、それを嫌ったってことか。


 それにしてもペラペラとよくしゃべるな。俺達を奴隷にできるって思い込んでるわけだから当然かもしれないが、それにしても油断が過ぎると思うぞ。


「わ、私のことはいいから、この人達を捕まえて!私の代わりはいるけど、あなた達にはいないの!だから……」

「黙っていろ。それとも貴様ではなく、ギルドの職員の命を見せしめにしてやろうか?」


 ヒューマンのトレーダーズマスター、ミカサ・セイラーさんが声を上げるが、人質になっているのはミカサさんだけじゃない。職員の命を持ち出された以上、ミカサさんとしても黙るしかなくなっちまったか。


 これ以上付き合う必要はないな。俺は密かにニブルヘイムを発動させ、ノーブル・ソードの周囲の温度を下げた。


「ではこいつらに魔導具を……なんだ?何か寒くなってきたが……」

「空調の魔導具の調子でも悪いんじゃないのか?」

「今年は暑い日が続いたし、調子が悪くなるのも仕方ないわよね。例えばあんた達だけが氷りついたり、とかね」

「な、なにっ!?」


 今頃気付いても遅い。というかプリムが言わなきゃ気付かないんだから、どっちにしてもお前ら程度じゃどうにもできないんだけどな。


「ば、バカな!我々だけを氷らせる魔法だと!?貴様ら!抵抗すると……!」

「もう体も動かないんだから、トレーダーズギルドの人に危害を加えることもできないだろ。最初っからこっちは奴隷になるつもりも、誰かを犠牲にするつもりもなかったんだよ。当然、お前らを逃がすつもりもな」

「わ、我々を殺せば、レティセンシア本国が黙っていないぞ!わかっているのか!?」


 頭悪いにも程があるな。クーデター考えてたのに、なんでその相手に助けてもらえると思ってるんだよ?


「既に手遅れでしょうに。今更あんた達が増えたところで、アミスターの意志もハンターズギルドの意志も揺るがないわよ。それにあんた達はレティセンシアの貴族出身なんだから、殺すつもりはないわ。レティセンシアの内情にもそれなりに詳しいだろうから、騎士団にしっかりと教えてあげてね」

「というわけだ。ゆっくりと眠ってな」

「お、おのれ……!」


 俺はニブルヘイムの強度を上げ、ノーブル・ソード全員を氷りつかせると同時に解除した。


「これで全員だな。予想より早く片付いたし、残るはパトリオット・プライドだけか」

「そっちはまだフィールに戻ってきてないからどうしようもないけど、とりあえずは終わりね」


 俺達が受けた依頼は、俺達とパトリオット・プライドを除く全てのハンターの捕縛、あるいは殺害だ。幸いにも全員生け捕りにすることができたが、パトリオット・プライドは半分近くがハイクラスに進化してるって話だから、簡単にはいかないだろうな。


「ありがとう、助かりました」

「ケガとかはありませんか?」

「はい。全員無事です。まさかあんな方法でノーブル・ソードを捕まえるとは思いませんでしたが、おかげで私達は助かりました。本当にありがとうございます」

「無事で良かったです」


 トレーダーズギルドに立て籠もってトレーダーズマスターを含む職員を人質にするとは思わなかったが、これでフィールにいるハンターは俺達とウインド・オブ・プラダを除いて全員捕らえられた。まだサーシェスとパトリオット・プライドが残っているが、フィールに戻ってきていない以上、俺達にできることはない。

 もちろん戻ってくれば対処するが、少なくとも喫緊の問題は去ったから、俺達としても一安心だ。

 今日はクラフターズギルドで獣車の設計図を作るとして、午後からは滞ってる依頼を、一つでも多くこなすことにするかな。

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