25・食事の前のひと騒動
Side・プリム
クラフターズギルドを出たあたし達は、ミーナ、フラム、ラウス、レベッカと合流して、どうせだからエドとマリーナも誘おうってことでアルベルト工房にも顔を出した。まだ始めたばかりだけど、どんな感じか聞いてみたいしね。本当はリチャードさんとタロスさんも誘ったんだけど、若者同士で親睦を深めろって言われて断られちゃったのよ。だから今度、美味しいお酒を差し入れるつもりよ。
あたし達が向かったのは、フィールでも有名な異郷の都っていうレストランよ。
百年前にアミスター王家に嫁いだ客人が開いたレストランで、王都に本店があるだけじゃなく、アミスター中に支店があるそうよ。
今でこそアミスター、ひいてはヘリオスオーブ中で食べられている料理だけど、こんなに気軽に食べられるようになったのは数十年前と聞いている。客人が自分達の世界の料理を再現することはかなり多いんだけど、それまでは王侯貴族の口に入るのがせいぜいだった。
だけど異郷の都は、安価で良質な料理を、世間一般の人も食べられるようにってことで、アミスター王家に嫁いだ客人が苦労して開いたお店らしいの。
安定して食材や調味料を仕入れるルートを確保するだけでも大変なのに、その人は王都はもちろん地方にも野菜や調味料の栽培を持ち掛けることで地域ごとのブランドを作り上げることで解決を図り、食材は大量に仕入れやすい魔物の肉をハンターズギルドと提携することで確保することに成功した。その努力と料理の腕がクラフターズギルドに評価されて、確かOランクになったんじゃなかったかしら?
だけどその客人の功績はそれだけにとどまらず、今じゃアミスターの友好国にも設立されているヒーラーズギルドの設立にも尽力され、そっちでもOランクになっていたはずよ。
「あの……本当にこんなお店に入ってもいいんですか?」
あたし達がお店の前で立ち止まっていた理由は、プラダ村の三人組がお店が異郷の都だってことに驚いて、呆然と立ちつくしてたからなのよ。異郷の都は大きなお店だけど高級店ってわけじゃないし、お値段も良心的だから遠慮することないのにね。大和が奢ってくれるんだし。
「気にするなって。それより早く入ろうぜ」
なんでエドが答えたのか問い詰めたいけど、早く入ることは賛成ね。
フラムも諦めがついたのか、ようやく店に入ろうと足を動かした。
「いたぞ!あそこだっ!」
そこまでは良かったのよ。だけどこんなタイミングでハンターが大挙して襲ってくるなんて、思ってもみなかったわ。
「げっ!なんでこんなとこにハンターどもが!?」
「ライナスのおっさんから通達があったんだろうな。サーシェス・トレンネルはハンターズマスターを解任、身柄をアミスターに引き渡して取り調べの上で死刑。追従したハンターどもも同罪で、騎士団が捕縛に動いてるってな。だろ、ミーナ?」
「はい。ですが全員が動けるわけではないので、大和さんとプリムさんに指名依頼をお願いするつもりだったはずです」
ああ、もう公表したんだ。そういうことなら納得ね。どうせ自分勝手な理屈であたし達に逆恨みしてるんでしょうけど、そんなくだらないものに付き合う気は一切ないわ。
「エド、あれってダーク・ナイツじゃない?」
「だな。まだ生きてたのか、あいつら」
エドとマリーナはあいつらを知ってるみたいね。何をやらかしたのかしら?
「あいつらだよ。うちの店に怒鳴り込んできて、刃毀れした剣を不良品だって言ってきたバカは」
「ああ、そういえばそんなこと言ってたわね」
あたしは心から納得したけど、フラム達はやっぱり信じられないみたいね。
だけどそれも当然よ。そんなことを言ってくるハンターなんて、あたしもフィールに来るまで聞いたこともなかったんだから。
「探せばいるだろうけど、普通はそんなことはしないからな。というか囲まれたけど、どうする?」
ホントだわ。しかも武器まで構えてるじゃない。ダーク・ナイツって人数だけなら、ケルベロス・ファングに匹敵するんじゃなかったっけ?ハイクラスに進化したハンターはいなかったはずだし、確か人数によるゴリ押ししかできない集団だった気がするわ。
「黙れよ!いくらGランクだからって、これだけの人数に勝てると思うなよ!」
「なんであたし達が無実の罪を着せられなきゃいけないのさ!全部あんた達のせいだ!」
予想通りすぎて、呆れるしかないわ。今まで自分達がしてきたことを、胸に手を当てて考えてみなさいって話よね。聞くだけ時間の無駄だし、手っ取り早く終わらせるとしましょうか。
「え?」
フィジカリングを使って一気に加速したあたしは、正面にいた男と女を蹴り飛ばし、その勢いで宙を舞った。着地点にいた男の頭に両手で着地して、そのまま回転しながら蹴りを見舞い、下の男を勢いをつけて投げつける。
大和は大和でショック・コートを発動させて、あたしの反対にいたやつらを痺れさせた上で意識を奪ってるから、あっという間に決着がついたわね。
「せっかく楽しくご飯にしようと思ってたのに、余計な水を差されたわね」
「まったくだ。さすがに牧場は騎士団が警戒してくれるって話だから大丈夫だろうが、この分じゃ浄化が終わるまで鬱陶しいバカが際限なくやってきそうだな」
同感ね。となるとやっぱり、ここにいるみんなは今晩は魔銀亭に泊めた方が安全ね。
「お前らが戦ってるとこ初めて見たけど、とんでもないな。ダーク・ナイツって26人もいる大型レイドだってのに、全員叩きのめすのにわずか数秒かよ」
「というか大和なんて、一歩も動いてないじゃない。どんな精度で魔法使ってるのよ」
エドとマリーナは呆れてるけど、ミーナやフラム達は何が起きたのかわからないって顔してるわね。いえ、あたしじゃなくて大和の方を見て。
気持ちはわかるわよ。その場から一歩も動かずに全員を気絶させるなんて、聞いたことないし。
「それも踏まえて中で、ってとこだな。とりあえず入ろうぜ」
「そうね」
大和ったら、自分が客人だって告げるつもりね。確かにミーナやエド、マリーナにはいいとあたしも思うけど、フラム達は再開したばかりだし、それほど親しかったわけじゃないわよ?
って言いたいんだけど、この三人とも付き合いは長くなりそうだし、特にフラムとはいい関係を築いておくべきだってあたしの勘が囁いているから、大和がいいなら反対するつもりもないわ。
「動くな!」
大和とあたしが異郷の都に入った瞬間、いきなりフラムが捕まり、首に剣を突き付けられた。油断してたわけじゃないけど、まだいたなんて迂闊だったわ……。
「今度はお前らか。フィールのハンターじゃ一番マシって話だったんだがな」
確かにフラムに剣を突き付けてる男はホワイト・ビークっていう中堅規模レイドのリーダーね。たまにだけど依頼を受けて魔物を狩ってくる数少ないレイドなんだけど、受け答えも事務的だから問題もほとんど起こさず、今いるハンターの中じゃそれなりに信頼されてる方よ。
だけど他のレイドとも親しくしてて、サーシェス・トレンネルの護衛についているパトリオット・プライドの傘下だとも聞いてるから、街の外との連絡はこいつらがやってたってことでしょうね。
「黙れよ。てめえらのせいでレティセンシアがどうなるか、わかってて口きいてんのか?これでアミスターに戦争の口実ができちまった以上、またレティセンシアが荒れる。そうなったら最初に死ぬのは無力な一般人なんだぞ!」
思いっきりどうでもいい話だわ。そもそも完全にレティセンシアの自業自得じゃない。勝手に他国を荒らしておいて、都合が悪くなったら逆ギレするなんて頭の構造を疑うレベルだわ。
だけどフラムが人質に取られてる以上、あたしも迂闊に動くことができなくなってしまった。ここは大和に期待するしかないわね。
その大和は、怒気も殺気も隠すことなくフラムを人質にした男を睨み付けている。
「で、俺達をどうしようってんだ?」
「決まってるじゃない。あんた達二人を奴隷にして、レティセンシアのために死ぬまで働いてもらうのさ。そのための魔導具も持ってきたんだ。おっと、動けばこいつの命はないよ?」
予想通りだったわね。確かにあたし達を奴隷にすれば、アミスターと戦争になっても今考えられる被害よりも少なくなると思う。大和は災害種を単独で倒せるし、何より客人としての知識と技術まで持ってるんだから、大和の正体を知ればレティセンシアがそう考えるのも当然の話だわ。まだ大和が客人だってことは知らないだろうから、単純に大和の強さを求めてるんだろうけど、だからこそ浅はかなのよね。
「なるほど、それがレティセンシアで使われてる強制隷属の魔導具か。それはもらっとくよ」
「てめえ、話を……」
ホワイト・ビークは大和のコールド・プリズンで一気に全身を氷らされ、そのまま動かなくなった。殺してないわよね?
「お姉ちゃん!」
「フラム、大丈夫か?」
「え?あ、は、はい……。その、ありがとうございました!」
怖い思いをしたフラムの目に光るものが見えたけど、これはあたし達のせいなんだから、助けるのは当然の話だわ。一日に二回も人質になって剣を突き付けられたんだから、泣いてもおかしくはないもの。
それにしても、やっぱり便利ね、刻印術って。あたしも似たようなことができないか、色々と考えてみないと。
「す、すごいですね……。一瞬でホワイト・ビークっていうレイドを氷らせちゃうなんて……」
「粉々に砕いてないだけ感謝してもらいたいな。こんなクズ、生かしておく価値もないんだからな」
今までのこいつらの行動もそうだけど、あたし達だってけっこう迷惑を被ったしね。ミーナやジェイドの件もあるし、その上でフラムを人質に取られたんだから、大和が怒るのも当然の話だわ。
「それにしても、なんでホワイト・ビークに気付かなかったんだ?」
「無茶言うな。いくら素行が悪かろうと、普通に歩いてるだけで捕まえられるわけがないだろ。しかもホワイト・ビークの評判は悪くないし、依頼帰りだったみたいだからな。まさかすれ違い様にフラムを人質にするなんて思わなかったんだよ」
これについては本当に申し訳ないわ。あたしか大和が最後にお店に入れば防げた事態なんだから、完全に油断してたとしか言いようがないもの。
実際ホワイト・ビークが依頼を受けて町の外に出てたことは、ハンターズギルドでも聞いていたのよ。それに鎧とかが汚れたり傷ついたりしてたし、疲れた顔もしてたから、それを見て警戒を緩めちゃったのよ。
「完全に俺達のミスだからな。すまなかった、フラム」
「い、いえ、私こそご迷惑をおかけして、すみませんでした」
フラムがどう思ってるかはわからないけど、あたし達はそんなこと思ってないわよ。むしろあたし達が悪いんだから、謝るのはこっちの方だわ。本当にごめんね。
「いつまでも謝ってねえで、さっさと入ろうぜ。腹減ったしよ」
「そうだよね。あんた達は騎士団に説明とかあるだろうから、先に入ってるよ」
エドもマリーナも、ホントに遠慮がないわね。確かにお腹は減ってるから気持ちはわかるけど、だからってこの場を放置しといていいわけがないじゃない。
「ここは俺が見とくし、騎士団にも説明するから、プリムは先に入っててくれ。フラムを落ち着かせてほしいってのもあるけど、ラウスとレベッカも腹減ってるだろうからな」
確かにフラムはまだ少し震えてるし、妹のレベッカだって泣いちゃってるんだから、お店の中で落ち着いてもらうべきね。
「私は大和さんと一緒に騎士団に事情を説明します。見習いですけど騎士団の一員ですから、その義務がありますし」
ミーナの言ってることも当然だから、あたしはフラム達を連れて異郷の都に入ることにした。
エドとマリーナが吹聴してまわってるみたいで、中に入るとお店の人やお客さんからも心配して声をかけられたけど、これはこれで悪くないわね。




