18・空の旅
「クワアアア……」
「泣くな、ジェイド。お前はこれからフロライトを守っていなかけりゃいけないんだからな」
「彼の遺体はあんた達のために使うわ。だから、ね?こら、もう。くすぐったいわよ」
ジェイドとフロライトは大きな声でもう一度鳴くと、俺達にすり寄ってきた。甘えん坊だなぁ。
それはそれとして、だ。
「こうなった以上、早めにフィールに戻った方がいいだろうな。だけどジェイドとフロライトをどうするかが問題だ」
「ここに置いておくわけにはいかないわ。フィールには牧場があるし魔銀亭にも獣舎があったはずだから、どっちかで預かってもらいましょう」
「それしかないか」
ジェイドもフロライトも、クワッ、と元気よく鳴いた。
「ところで聞きたいんだが、なんでヒポグリフ達は俺達に子供を託したんだ?」
「私も詳しくないんだけど、多分エビル・ドレイクを倒した私達を信用してくれたんじゃないかしら。それらしい話を聞いたことがある気がするの。確か子供を殺されたヒポグリフが、仇の魔物を倒してくれた人間と契約したっていう話だったと思う。ライナスさんなら詳しく知ってると思うから、帰ったら聞いてみましょう」
「そうするか」
「ええ。フロライト、ジェイド、私達は山を下りるから、しっかりついてきてね」
なるべく早くフィールに戻った方がいいと判断した俺とプリムは、2匹に声をかけて歩きだした。
「クワアッ!」
「クワ、クワア!」
だが止められてしまった。振り返るとジェイドもフロライトも、背中に乗れと促しているように見える。
「乗れってことか?」
「いいの?」
「クワアッ!」
どうやらそうらしい。ヒポグリフは成長すると馬より一回り大きくなる。まだ仔馬サイズのジェイドとフロライトだが、それでも背中に乗るのは問題ない大きさだ。
「もしかして、フィールまで飛んでくれるの?」
「クワアッ!」
そのつもりらしい。ジェイドとフロライトの言葉?鳴き声?が、なんとなくだがわかるが、これが従魔契約の効果の一つか。便利なもんだな。だけど乗せてくれるのはありがたいが、子供にそんな無茶をさせたくはないんだけどな。
「クワッ!」
怒られた。気を遣ったつもりなのに、なんでだ?
「ヒポグリフはPランクだから、多分子供でも、馬より力も体力もあると思う。自分より大きな獲物を狩って、巣まで持ち帰ることもあるそうだから」
なるほど、プライドを傷つけてしまったわけか。なら子供だからって、変に遠慮するのはよくないな。
「わかった。じゃあフィールまで頼む。道は指示するから」
「「クワアッ!」」
元気よく鳴くとジェイドは俺を、フロライトはプリムを背に乗せて飛び立った。おお、思ったより快適だ。
「ヒポグリフに乗ったのは初めてだけど、気持ちいいわね」
プリムも気分がいいようだ。自分の翼じゃなくてヒポグリフの翼で飛んでるわけだが、契約することが珍しい魔物だからそれとこれとは別の話なんだろうな。
「それにしても、まさかヒポグリフと契約できるとは思わなかったわ」
「俺もだ。そもそも俺の世界じゃ、ヒポグリフなんて伝説上の存在だからな」
まあそれを言ったら、この世界の魔物のほとんどがそうなんだけどな。
「こうなった以上、早めに家を買いたいわね。この子達も庭に放せるようになるし」
「だな。厩舎じゃあんまり自由にできないだろうからな。かといって牧場は人目がつくからのんびりしづらいだろうし」
牧場は馬はもちろん、バトル・ホースやグラバーンなんかが獣車を引けるように調教する施設で、体力をつけるために放牧もしている。騎獣のレンタルもしているため、遠出する際はお世話になるだろうと思っていた。また自分の馬やグラバーン、従魔や召喚獣なんかも預けることもできるから、ジェイドとフロライトもとりあえずは預かってもらえるはずだ。
だがヒポグリフはかなり珍しいから騒ぎになる可能性も高いし、2匹ともまだ子供だから馬や魔物を怖がるかもしれない。
自分達で家を用意すればそこで飼う、というか面倒を見ることができるし、召喚のこともあるから都合がよくなる。実際貴族は屋敷の敷地内に、たいして広くはないが馬や魔物がゆっくりできるスペースを設けている。
問題があるとすれば、ヒポグリフは空を飛べるということだな。
「それはおいおい考えるとして、あとはクラフターズギルドに依頼する獣車も、内装を考え直した方がいいわね」
「ああ、広くするのは難しいが、寝床ぐらいは作らないといけないな」
「ええ。私達もこの子達も、ストレスなく旅ができるようにしないとね」
ミラーリングという魔法がある。空属性で空間を拡張する魔法なのだが、その特性から魔法付与に使われることが多い魔法だ。小さな穴を掘ってそこにミラーリングを使うことで、仮設の野営地を作ることもできるから、限定されるとはいえ使い勝手は悪くない。
小さな鞄の中の空間を拡張することで容量を何倍にもすることもできるから、ストレージングを使えない人にはものすごく重宝されている。ストレージングと違って時間は止まらないが、大量の荷物を持ち運びできる利点は大きい。しかもお値段もそんなに高くないから、ハンターや商人なら誰でも持ってると言っても過言じゃない。
そのミラーリング、獣車内の空間を拡張させ、リビングや寝室なんかを備え付け、さらには獣車を引く馬や魔物なんかの寝床も用意することができてしまう。街道とかで夜明かしをする場合、グラバーンやバトル・ホースがやられることは滅多にないが、ただの動物でしかない馬は魔物や盗賊に襲われて食われてしまうことも珍しくない。だが獣車の中に寝床を作れば、襲われる危険性を減らすことができる。雨風をしのぐこともできるから、馬とかにしても悪くはないんじゃないかって思う。
まあそれだけ広い空間を作るってことは時間も魔力もかかるから、当然ながら金もかかる。確かハイドランシア公爵家の獣車で白金貨8枚だったか?って高すぎるわ!
「結局のところ、あたし達がミラーリングを使って手伝うっていうのが、一番お金の節約になるでしょうね」
だろうな。魔法付与のやり方はわからないが、ミラーリングは使える人が多い魔法だから当然それを使った魔導具も多い。さすがに付与方法まで聞こうとは思わないが俺達の魔力なら手伝ると思うし、いざとなったら俺が刻印化プログラムを使ってミラーリング付与するって手もある。自分達でやってしまうほうが安上がりなのは間違いないからな。
「クラフターズギルドに聞いてからだろうな、判断するのは」
「まあね。それにしてもこの子達、けっこう速いわね」
「ああ。もう見えてきたぞ」
湖の上を飛んだから30分もかからなかったな。行きは湖を迂回しなきゃいけないから、麓まででも3時間かかったってのに。
「このまま町に入るわけにはいかないから、門から少し距離をおいたとこに降りるか」
「そうね。幸いというか、人は少ないみたいだし」
ヒポグリフが降りてくれば驚かれるのは間違いないが、俺達がいるからそこまで混乱はしないだろうな。しないよな?
「よし、ジェイド、フロライト、降りてくれ。騎士団に説明しなきゃいけないからな」
そうこうしているうちにフィールに到着。門までは数百メートルといった所に2匹を降ろし、ゆっくりと歩いてもらう。すると当然のように、門から騎士やら兵士やらが大勢出てきて、しっかりと迎撃態勢を整えていらっしゃる。けっこう練度高いよな、ここの騎士団。さすがアミスターの精鋭だ。
「団長!あのヒポグリフには人が乗っています!」
「なんだと?ということは、もしや従魔なのか?」
「まさか……ヒポグリフと契約した……?」
「いったい誰が……」
あとで聞いた話だが、やはりヒポグリフが現れたことで、混乱しかけていたらしい。騎士団がしっかり態勢を整えていたから街の人はそうでもなかったが、ハンター達は我先に逃げ出そうとしてたってのが一番の問題だったそうだ。そいつらのライセンス剥奪しろよ、マジで……。
「団長!あれは大和さんとプリムさんです!」
お、ミーナもいたのか。団長って呼んでるってことは、公私混同しないようにしてるんだろうな。
「なんだと?いや、あの二人か。何故だろうな、納得した自分がいる」
「自分もです、団長」
「実は私も」
ヒポグリフに乗っていたのが俺達だとわかると、騎士団はあっさりとその場から撤収し、持ち場に戻っていった。それもそれで納得がいかないんだけどな。
「大和君、プリムローズさん、驚かさないでくれよ」
「そんなつもりはないんですけどね。契約できたのも偶然でしたし」
「ヒポグリフと契約ですか。お二人なら不思議とは思いませんけど、それにしても、どこで契約したんですか?」
「マイライトです」
レックス団長、ローズマリー副団長、ミーナが驚きながらも近寄ってきた。
この辺り、というかアミスター王国でも、ヒポグリフはかなり珍しい。住処は高い山の上だから山の多いアミスターには多く生息してそうなものだが、主食は魚がメインということもあって海に近い山に群れがいることが多いが、肉や果物も普通に食べる。
アミスターの沿岸部には高い山は少ないから、ヒポグリフが生息してるのはトラレンシア妖王国やレティセンシア皇国が多いらしい。
「可愛いですね、この仔達」
なんかジェイドとフロライトが、ミーナに懐いてる気がするな。喉を鳴らしながら甘えてるぞ。
「まだ生まれて数か月ってとこでしょうからね。空を飛べるようになったのも最近じゃないかしら?」
ヒポグリフは生まれて数ヶ月は飛ぶことができないが、ジェイドとフロライトは飛ぶことができるから、プリムは飛べるようになったばかりじゃないかって推測したようだ。俺もそうだと思う。
「子供だったんですね。これだけの大きさですから、もう大人だと思ってましたよ」
ヒポグリフに限らず、魔物の生態って謎なところが多いからな。まあヒポグリフは、こっちから手を出したり縄張りを犯したりしなけりゃ襲ってこないらしいが。
「それにしてもマイライトですか。まさかヒポグリフがいたとは知りませんでしたよ。ですがベール湖には魚も多いですから、よく考えれば不思議なことではないのかもしれませんね」
ローズマリーさんが驚きながらも納得している。
ベール湖はかなり大きく、魚も豊富に生息している。多分ローズマリーさんの予想通り、ベール湖に魚がいることを知ったからマイライトを住処にしたんだろうな。
「ビスマルク伯爵、アーキライト子爵、それからクラフターズギルドからの依頼も完了しましたから、一緒に報告しますよ」
「も、もう片付いたのか?」
たった二日でエビル・ドレイクはもちろん、フェザー・ドレイクまで狩って帰ってきたら普通は驚くか。ジェイドとフロライトがいなかったらもう一日二日はかかってただろうから、空を飛べる従魔って本当に便利だな。
「はい。この子達にも関係があることなので、まとめて報告させてください」
「さすがに早いな……。わかった。なら私も、ギルドへ向かおう」
「すいません、私達は先に、この子達を牧場に預けたいんですが」
「それは構わない。街の人も君達と契約したと知れば安心するだろうからな」
マイライトにヒポグリフが住み着いたって話は聞いたことがなかったそうだから、フィールの人からすればヒポグリフは普通にPランクの魔物ってことになる。ランクだけで見ればエビル・ドレイクやブラック・フェンリルより上なんだから、ヒポグリフの生態を知らなけりゃ驚くのも当然の話か。
「すいません、なるべく急いでギルドに行きますから」
「わかった。ミーナ、案内を任せる」
「わかりました」
またしてもミーナを案内係につけてもらって、俺達は牧場に向かった。そこでも驚かれたが牧場でも俺達のことは知れ渡ってるようで、快くジェイドとフロライトを預かってもらうことができた。しかもヒポグリフの面倒を見たことある人もいたから助かった。久しぶりにヒポグリフの世話ができるってことで、すごく喜んでいたな。
別れ際、ジェイドもフロライトも寂しそうに鳴いていたが、用事が終わってから顔を出すからと言い聞かせて、断腸の思いで俺達は牧場を後にした。




