10・来訪者
ワイバーンを見て驚いたのは俺だけではなく、むしろ俺以上にソフィア伯爵やレックス団長が慌てていた。
当然急いでフィールに戻ることになるんだが、ウォー・ホースに乗ってるソフィア伯爵を一人で帰すわけにもいかず、俺とプリムも従魔契約をしていないバトル・ホースを借りて、レックス団長と四人で先にフィールに戻ることになった。まあ俺は馬に乗れないから、プリムの後ろにしがみつくしかなかったんだが。
「それ以上上に手を持っていったら振り落とすからね」
プリムの腰に手を回したら、そんなことを言われた。俺としてもそんなつもりはないが、プリムの目を見ると本気で振り落としかねないと感じたからコクコクと首を縦に振りまくったよ。
俺達がフィールに着くより早く、ワイバーンは降り立っている。ワイバーンにしろグラバーンにしろバトル・ホースにしろ、厩舎はそれぞれのギルドや屋敷にあるものを使うことになってるから、手続きを終えればそこに向かう。ワイバーンのような空を飛ぶ魔物は、基本町中で飛ぶことは禁止されているが、主人が同行している場合に限っては認められている。
なので俺達がフィールに着いた時には、そのワイバーンは既に街に入っていた。
「お帰りなさいませ、伯爵、団長」
門番をしている女性騎士二人が、ソフィア伯爵とレックス団長に声を掛けてきた。あれ?全然慌ててなくないか?
「ご苦労。先程ワイバーンがフィールに向かっているのを確認したんだが、ハンターズマスターが帰ってきたのか?」
「団長も確認されていたんですね。いえ、ハンターズマスターではありません。あのワイバーンで来られたのは、ビスマルク・ボールマン伯爵でした」
「ビスマルク伯爵が?」
ハンターズマスターじゃなかったのか。悪いのは向こうとはいっても、さすがに急に帰ってきたのかと思ってドキドキしたな。
というか貴族が、何の用でフィールに来たんだ?いや、フィールは避暑地でもあるから、余暇って可能性もあるんだけどさ。
ボールマン伯爵領は王都の南にあり、フィールからはもっとも離れている。森が多く、林業と農業が盛んな土地らしい。他にも迷宮もあって、獲得できる素材は希少価値が高い物も少なくないそうだ。
ヘリオスオーブの迷宮は、異世界ものの小説とかゲームとかでよくあるダンジョンマスターとかはいないが、迷宮核は存在している。核の破壊された迷宮は消滅し、迷宮のあった地には痕跡すら残らなくなるそうだ。
そもそもヘリオスオーブの迷宮は、魔物の一種だと言われている。迷宮内の亜人や魔物は迷宮核を守るため、それらから得られる素材は餌となる人間を招き入れるためとされており、成長すると階層が増えていく。話を聞く限りだが迷宮内は亜空間のようになっていて、明らかに迷宮の中とは思えない環境が広がっているそうだ。
さらに迷宮内の魔物は多種多様で、本来その土地には生息していないような魔物も多い。その代わりというわけではないが、それらの素材は希少価値が高いため、高値で取引されることも珍しくない。特にドラゴンやゴーレム種は体が丸ごと素材の塊だから、倒したハンターも大金を手に入れることができるし、国や町としても大量の素材を入手できることになるから、余程のことがない限り迷宮核を破壊することは禁止されている。
その迷宮に出現するゴーレムだが、下位にパペット種ってのがいて、鉱山なんかにはたまに出現することがある。マイライト鉱山でも何度かミスリル・パペットが出現したことがあるらしい。そんなに強くはないが体は魔銀でできているため、倒すのも一苦労だと聞いている。ミスリル・ゴーレムともなるとハイクラスに進化しているSランクハンターでもなければ有効な一撃を与えられないそうだから、指名依頼になるそうだが。
そんなゴーレム、パペットだが、鉱山で採れる鉱石と同じ種類だけ存在しており、迷宮にはそんなことは無関係に出現する。つまり金剛鋼や神金のゴーレム、パペットもいるわけだ。実際流通している魔銀、金剛鋼、神金の約一割は迷宮産と言われている。滅多に出現しないし、遭遇率はさらに低くなるため、それらを狙って張り込むのは時間の無駄とも言われているそうだが。
その話を聞いた時、これで神金が手に入れられるとカラ喜びして、プリムとミーナに笑われたんだよなぁ。
「はい。何でもハンターズギルドに依頼を出しに来られたとか」
っと、今は迷宮の話はどうでもよかったんだ。
というか依頼って、なんでわざわざフィールに来るんだよ?ハンターズギルドは王都はもちろん、領主がいる街にはだいたいあるから、自分の領地でも十分だと思うんだけどな。
「ビスマルク伯爵がねぇ。だけどこれは都合がいいわ。彼が何の依頼に来たのかはわからないけど、ワイバーンで来てくれたのだから」
「そうですね。ビスマルク伯爵は屋敷に入られたのか?」
「はい。昼食をとってからハンターズギルドに向かうと仰っていました」
「なるほど。それならライナス殿を連れて、こちらから出向いた方がいいわ」
「わかりました。では騎士を何人か、ビスマルク伯爵の屋敷に先行させます。大丈夫だとは思いますが、ビスマルク伯爵のワイバーンも狙われる可能性がありますので」
確かに都合がいい。そもそも王都へ連絡ができなかった理由は、陸路では伝令がブラック・フェンリルが率いるウルフ種の群れに襲われる可能性が高すぎるために、空路はアーキライト子爵のワイバーンが殺されてしまったために使えなかったからだ。
だが偶然とはいえ、ビスマルク伯爵がワイバーンでフィールに来たことで、空路が使えるようになり、迅速に王都に伝えられるようになった。しかも今日、俺とプリムがレティセンシアの工作員を捕まえたもんだから、緊急性はさらに上がっている。急いでビスマルク伯爵に事情を説明し、ワイバーンを借りなければならない事態だ。
幸いなのは、まだビスマルク伯爵がハンターズギルドに行っていないことだ。ライナスのおっさんも依頼自体は受理してくれるだろうが、ハンターが受けるかどうかは別問題だから時間の無駄になりかねないし、何よりワイバーンで来たことを確実に知られてしまう。そうなればノーブル・ディアーズのようなバカが動くかもしれない。
「大和君、プリムローズ嬢、二人も来てもらえる?彼がどんな依頼を出すかはわからないけど、今のフィールじゃあなた達以外のハンターは信用できないから、指名依頼にした方がいいと思うのよ。おそらく、ライナス殿も同じことを言うと思うわ」
確かに内容次第じゃ俺達への指名依頼になるし、そうでなくとも俺達以外のハンターが依頼を受けるとは思えない。それなら最初から俺達が依頼を受けた方が余計な手間もかからないし、ビスマルク伯爵も不愉快な思いをしなくても済む。
「わかりました。これからすぐに向かうってことで?」
「ええ。ライナス殿へは騎士団から連絡してもらうから、私達は先にビスマルク伯爵の屋敷へ向かいます。それと警備の手配もお願い」
「はっ」
留守にしているハンターズマスターもその可能性は考慮してるだろうし、ワイバーンに懸賞金を懸けてるかもしれない。
まあ、ハンターどもは昼間だってのに町中で賭け事をしたり酒を飲んだりで、狩りに出掛けることはほとんどない。ブラック・フェンリルにグリーン・ファングが討伐されたのが昨日ってこともあるが、それでもすぐには動かない。ワイバーンが来たことを知ってるかわからないが、ギルドマスターがワイバーンを使って王都に向かったことは知ってるから、ギルドマスターが帰ってきたと勘違いしてるか、もしくは貴族の屋敷に向かったことを確認したとしても、こんな時間から貴族の屋敷に突撃をしかけるような度胸もないだろう。
まあ用心に越したことはないから、俺達はこのままビスマルク伯爵の屋敷へ向かうことにした。




