09・盗掘者
ヘリオスオーブに来てからまだ一週間も経ってないってのに、すげえトラブルに巻き込まれてるな。まさかこんなとこで盗掘してる奴がいるとは思わなかったし、それがお隣の国の騎士みたいな奴だったなんて想定外もいいとこだ。
あの後俺とプリムは、坑道内にいた騎士や戦士と思われる人間の命を奪い、文官や奴隷と思われる人間は気絶させることに成功した。第三坑道はそれなりの広さがある坑道だが、中は一本道だから迷うこともないし、人数も10人ぐらいだったからそんなに大変でもなかったな。
そんなわけで報告に行かなきゃいけないんだが、さすがに放置するわけにはいかないから、俺が坑道の入り口を見張り、プリムがフィールに戻って騎士団や領代に報告することに決まった。さすがに待ってる間は暇だったが、掘り出した魔銀を回収に来る奴らだっているだろうし、何よりフィールに内通者がいるのは間違いないから気は抜けない。その内通者、十中八九ハンターどもだろうけどな。
あ、命を奪った騎士なんだが、やっぱりレティセンシアの騎士で間違いなかったぞ。ライブラリーを確認したら『レティセンシア第2騎士団第4諜報騎士長』ってのと『レテイセンシア近衛騎士』っていう称号持ってる奴らがいたからな。
ライブラリーには、登録したギルドのランクや所属してる騎士団、軍の階級が表示されるようになっている。だから称号は隠すことができるようになってるんだが、意識を失ったり死んだりすれば隠しようがなくなるから、すぐに身元がバレることになる。この世界じゃ諜報員とかスパイとかは、意識を奪ってライブラリーを確認すれば言い訳は一切利かないってことだ。少しだけ同情しちまうな。
とりあえず気絶させた奴らが目を覚ましても動けないように、マイライトで使うんじゃないかと思って買ったロープを使ってふんじばってあるから、逃げられることも俺を襲ってくることもないだろう。
刻印具に落とし込んである電子書籍を見ながら3時間ぐらい待ってると、プリムがソフィア伯爵と騎士団を連れてやってくるのが見えた。ソフィア伯爵が乗ってるのって普通の馬には見えないが……ああ、あれが伯爵自慢のウォー・ホースってやつか。そういや第三騎士団の馬はバトル・ホースだって聞いた気がするな。
確か2年前にソフィア伯爵が領代に就任した時は、アーキライト子爵もワイバーンを所有していなかったそうで、もっぱらハンターズギルドのワイバーンを借りるか早馬を使うぐらいしか緊急事態への備えがなかったらしい。
さすがにそれはマズいってことで、バトル・ホース育成のエキスパートでもあるソフィア伯爵が陛下に掛け合い、徐々にだがバトル・ホースとの入れ替えを進め、今ではほとんどがバトル・ホースになっているそうだ。騎馬としては騎士との相性が重要だから、わざわざソフィア伯爵の領地にある牧場から連れてきて、騎士との相性を確認させたっていうからすごい。
バトル・ホースは肉も食うから食費はかかるようになったが、馬より力も強いし足も速いから騎士団としても大喜びだったと聞いている。
望めば従魔契約をすることもできるので、何人かの騎士はバトル・ホースを買い取って契約している。レックス団長とローズマリー副団長、それからミーナも従魔契約をしているぞ。
「大和君、無事か?」
「当然ですよ。プリムから聞いてると思いますが、捕まえた奴らは中にいます。死んだ奴らの死体はこの暑さだと腐ると思ったので、俺のストレージに入れてますが」
「だから言ったじゃない。大和なら心配はいらないって」
本音を言えば、骨まで焼却したかったんだけどな。だけど死体からでも証拠を得ることはできるだろうし、少人数だったとはいえレティセンシアの騎士団、それも諜報騎士長なんてのが来てたんだから、死体でも身柄は引き渡しといた方がいいだろう。
「感謝する。では中に入って連中を捕らえたら、全員に隷属の魔導具を使え。よろしいですね、ソフィア伯爵?」
「当然でしょう。プリムローズ嬢、案内をお願いしても?」
「了解。行ってくるわ」
ソフィア伯爵も怒ってるな。目と鼻の先でこんなことされたんだからわからなくもないけど、それでも油断してる方にも問題があると思うぞ?
まあハンターどもが治安を乱してたから、騎士団もそっちの対応に駆り出されてそんな余裕はなかったんだろうが。
ああ、これも狙ってたってことになるのか。
「そうなると、ハンターズマスターはレティセンシアの出身ってことになるよなぁ」
「突然どうかしたの?」
おっと、思わず口に出しちまったか。まあすぐにわかることだし、ソフィア伯爵としても捨て置けない問題なんだから俺の考えを伝えとくべきだろう。
「いえね、待ってる間暇だったんで、連中のライブラリーを見てみたんですよ。そしたらレティセンシアの諜報騎士長と近衛騎士ってのがいたんです。それだけじゃなく、戦える奴らは全員レベル40を超えてましたから、多少の荒事なら乗り越えられたんじゃないかと思いますね」
諜報騎士ってのがどんな仕事してるのかは知らないが、名称からしてスパイだろう。戦闘能力が低いと潜入とかもできないんだから弱いわけがない。近衛騎士にいたっては言わずもがなだ。さすがにレティセンシアのレベル40超えの騎士はアミスターより少ないだろうが、それでも近衛騎士なら超えてても不思議じゃない。実際アミスターの近衛騎士は、レベル40以上ってのが絶対条件らしいからな。
「これは俺の推測ですけど、ハンターズマスターってレティセンシアの出身じゃないですかね?グリーン・ファングの件もワイバーンの件も、そう考えれば一応納得はできますし」
レティセンシアの騎士、っていう単語が出た時点で、ソフィア伯爵とレックス団長は大きく目を見開いたが、同時に納得した顔もしていた。
「あなたの推測、そんなに外れてはいないでしょうね」
「私もそう思います。ですが一つだけ疑問がありますね」
レックス団長の疑問は、ソフィア伯爵も感じてるようだ。なんでっしゃろか?
「連中がレティセンシアの意向で動いていると仮定すると、今回大和君が捕らえた連中は人数から考えても先遣隊でしょう。ですがあれだけの人数でフィールの周辺にいたウルフ種を退け、ここまで到着できるとは思えません。戦闘できる者がレベル40を超えていたということですから、グラス・ウルフやグリーン・ウルフならば不可能ではないでしょうが、ウインド・ウルフやグリーン・ファング、そしてブラック・フェンリルの相手は無理です。おそらくですがマイライトのどこかに、連中の拠点があるのではないでしょうか?」
それは俺も気になってたし、拠点があるだろうって考えには賛成だ。何せこいつら、生活に必要なもんは何も持ってなかったからな。
レティセンシアの国境からフィールまでは、獣車だと一週間ぐらいかかるだろうから、絶対に拠点は必要だ。
「グリーン・ファング、そしてブラック・フェンリルがいつ生まれたのかにもよるでしょうね。レティセンシアは昔からフィール、というかマイライト山脈を狙っていたのだから、この辺りの魔物の生態についても調査はしているでしょうし、そこから何かを掴んでいたのかもしれないわ」
まあこんなとこで議論してても答えはでないか。異常種と災害種がいつ生まれたかなんて、生まれる瞬間を目撃でもしない限りわからないからな。
「団長、処置が終了しました」
「わかった。ではフィールに帰還してから尋問を行う。君は先にフィールに戻り、副団長に伝えてくれ。彼らは騎士団本部に連行すると」
「了解です」
レックス団長に報告した騎士は、敬礼すると同僚に話しかけてからフィールに向かってバトル・ホースを走らせた。
「それではソフィア伯爵、我々も戻ります」
「わかったわ。何にしても、作業を再開させる前にわかって良かったといったところね」
だな。作業再開となれば鉱山労働者に監督官も坑道に足を運ぶ。労働者の数にもよるが第二坑道が封鎖されてる以上、高い確率で第三坑道にも人が行くことになるから、坑道内でばったり遭遇、なんてことは容易に予想ができる。そんなことになったら労働者の数も減るし、監督官や護衛にも犠牲がでるだろうから、また調査やら何やらで封鎖される可能性もある。
「そうですね。確か明日再開の予定でしたか?」
「予定ではね。鉱山労働に使う犯罪奴隷も、あなた達が捕まえたハンターがいるから数は足りているし。アーキライト子爵としては、心中穏やかじゃないようだけど」
俺達が捕まえたハンターっていうと、スネーク・バイトとノーブル・ディアーズか。確かに30人近い人数になるから、労働力としては申し分ないか。特にスネーク・バイトは全員男だから、ほぼ間違いなく鉱山労働が確定だろう。
というか、なんでここでアーキライト子爵の名前がでてきますか?
「無理もありません。殺されたワイバーンは、奥方のお一人にとても懐いていたと聞きますから」
「懐いていたどころか、従魔契約をしていたのよ。彼女だけ子供がいないから、そのワイバーンを殊の外可愛がっていたと聞いているわ」
アーキライト子爵のワイバーンって、奥さんの子供みたいなもんだったのか。そりゃショックは大きいだろうな。
「そちらはギルドマスターを捕らえない限り解決はしないけど、ここまでのことをした以上、彼がどう取り繕おうと処罰は免れないし、アミスターに身柄を引き渡した上で刑を執行することになるでしょうね」
ある意味じゃ異常種を利用したようなもんだからな。
国が傾きかねない程の脅威でもある異常種は、根も葉もない噂であっても採算度外視で詳細な調査を行う。ただの噂ならそれでよし、そうでなければ討伐隊を組織する。これはハンターズギルドが各国にギルドを建設するための条件でもある。もちろん各国の騎士や軍も討伐隊には参加するから完全にギルドに依存してるわけじゃないが、国としても噂に人手を割く余裕はないことが多い。それどころか騎士団と町人が気安く話してる光景は、国によってはほとんどないそうだから、国としては噂であっても耳に入りにくい。
だがハンターは、貴族出身のハンターもいるとはいえ、基本的に町人寄りだ。武具や道具を手に入れる必要もあるから商人とも繋がりのある者も少なくない。それらから噂を聞けることも珍しくないし、自分達の目で直接確認することもある。
もちろん問題を起こすハンターも少なくないが、有事の際ハンターがいるのといないのとでは対応力や戦力に大きな差が出る。だから各国はハンターズギルドに支援を行い、ギルドも土地代や建物の使用料、依頼手数料の二割を国に支払っている。
ところがハンターズマスターがとった行動は、この前提条件を完全に無視していることになる。言い逃れしようにも、俺とプリムが倒して死体を持ち込んでいるからそれは不可能だ。しかも災害種のブラック・フェンリルまで生まれていたわけだから、ハンターズギルドとしても面目丸潰れだ。アミスターとしても亡国の危機に晒されたわけだから、ハンターズマスターの極刑は決まったも同然と言える。
三日前に王都に向かったハンターズマスターだが、王都には二週間ほど滞在する予定らしいから、フィールに戻ってくるまでまだ十日ぐらいはある。もちろん予定は変わることもあるが、それでも王家に文句を言いに行ってるんだから明日明後日で帰ってくることはないだろうな。
そう思っていたんだが、空に一匹のワイバーンが飛んでいるのが視界に移った。フィールに向かってるのは間違いない。
まさか、ハンターズマスターが帰ってきたのか?俺は思わず、プリムと顔を見合わせてしまった。




