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04・領代からの依頼

Side・プリム


「こ、これがブラック・フェンリル……!」

「闇色の巨体に漆黒の牙と爪……。こんな化け物がフィールの近郊にいたというのか……」

「しかもグリーン・ファングを2匹も従えて……。フィールはもちろん、他の街や村もよく無事で……」


 レックス団長の話を聞いた三人の領代が、取るものとりあえずとばかりに慌ててハンターズギルドに駆けつけたということで、あたし達は鑑定室に移動した。


 あたし達の姿を見るなり領代はものすごい剣幕で詰め寄ってきたけど、大和がストレージからブラック・フェンリルとグリーン・ファング、ウインド・ウルフ、グリーン・ウルフ、そしてグラス・ウルフの死体を取り出すと、その顔は恐怖で塗りつぶされた。災害獣なんて滅多に見られないんだから、死体でもこの反応はおかしくはないわね。


 名前は上から綺麗な銀髪をショートで切り揃えているダークエルフのフレデリカ・アマティスタ侯爵。20歳前後ぐらいかしらね。線が細い体系をしているヒューマンのアーキライト・ディアマンテ子爵。この人は30代っぽい。茶色いロングヘアーをしているアルディリーのソフィア・トゥルマリナ伯爵。この人が一番年長で、多分40歳は超えてるわね。だけど尻尾はフカフカしてて触ったら気持ちよさそうだわ。あ、フレデリカ侯爵とソフィア伯爵は女性よ。領代は三人の貴族が指名されるけど、どうやら侯爵、伯爵、子爵から一人ずつってことになってるみたい。


「ウインド・ウルフの死体も9匹分あるし、グリーン・ウルフにグラス・ウルフも合わせると100匹を超えてやがる……。こんなとんでもない数の群れを、たった二人で殲滅するとはな……」

「ええ……。これほどの群れとなれば、我々第三騎士団が決死の覚悟で挑んでも勝てるかどうか……」


 ライナスさんに同意するように呟いたの女性騎士が第三騎士団副団長のローズマリー・トライハイトさん。レックス団長やミーナと同じくヒューマンで、レックス団長の恋人でもあるそうよ。


 グラス・ウルフは一度に倒した数じゃないけど、ザックからフィールまでの間に何度も襲ってきたから、結果的にこんな数になっただけなのよね。


「確かに団長の言う通り、これは緊急事態だわ。急いで王都にも連絡をいれないと」

「ですがフレデリカ侯爵、私が所有していたワイバーンは殺されてしまい、ハンターズギルドが所有しているワイバーンは現在ハンターズマスターが使用しています。そうなると陸路で行くしかありませんが?」


 アーキライト子爵って、ワイバーン持ってたのね。だけど殺されたってことは、使われたら困るっていうことになる。十中八九犯人はハンターズマスターでしょうけど、それぐらいは子爵も気が付いているでしょうし、捜査もしてるでしょうね。


「そうするしかないでしょう。そもそもハンターズギルドのワイバーンだって理由をつけて私達に使わせなかったんですから、アーキライト子爵のワイバーンがいなくなってしまった今、誰かがワイバーンでフィールに来るのを待つか、陸路で報告に向かうかしか方法がありません。鳥では不安が残りますから」

「とすると護衛は、第三騎士団から派遣してもらうことになりますね」


 ソフィア伯爵が遠回しにハンターが信用できないって言ってるけど、フィールのハンターって今まで何してたのよ?ここまで嫌われるなんて相当よ?


「それについては本当に申し訳ない」

「ライナス殿の責任ではありませんよ。この状況を誘発したのはハンターズマスターですから、責任は全てハンターズマスターにあると思っています。とは言っても、陛下からアレグリアのハンターズギルド総本部に抗議の書簡を送られることにはなるでしょうが」

「それは当然です。何しろ信頼関係を壊すようなことをしでかしていたんですから」


 やっぱり領代もライナスさんも、アーキライト子爵のワイバーンを殺したのがハンターズマスターだって疑ってるわね。まあ当然か。フィールどころかエモシオンやプラダ村が滅びかねない状況だったのに、意図的にその状況を作り出したと言っても過言じゃないんだから、普通に国家騒乱罪が適用されるわ。


「それから申し訳ないついでにもう一つ。この二人は先程ハンター登録をしたんだが、査察官付きにさせてもらいました。フィールの状況はわかっているし、この二人なら護衛としても申し分ないことはわかっているが、俺としてもこのことを総本部に伝えなけりゃならないし、何よりあの男を排除しなけりゃまたこんな事態が引き起こされる可能性がありますのでね」

「それも仕方ないでしょうね。今ライナス殿の身に何かあれば、ハンターズマスターの身柄を拘束できなくなる可能性がある。元Sランクハンターであるライナス殿ならば滅多なことはないだろうが、それを言うならハンターズマスターも元Sランクなのだから」

「しかもハンターズマスターはハイクラスですし、護衛のハンターも何人か進化していたはずです。私達に手を出せばアミスターそのものが敵になりますが、アレグリア本部から派遣されているライナス殿はその限りではありません」


 あー、そっか。ライナスさんはアレグリア公国出身みたいだから、アミスターとは直接関係がないわね。ということは下手に追い詰めると、ライナスさんを狙ってくる可能性があるかもしれないわ。


「だけど彼らに依頼を出すのは構わないんでしょう?」

「それは当然ですが、泊りがけの依頼を出す場合は、こちらのアプリコット婦人の身の安全を保障しなければなりません。そうだな?」

「ええ。元々大和を雇ったのは母様の護衛をお願いするためですし、それは今も継続中です。本来はそこまでお願いするつもりはなかったのですが、フィールの状況が予想外に悪すぎるので、あたし達としても依頼を受けたら騎士団に母様のことを頼む必要があるんじゃないかと思っていました」


 大和にお願いした護衛は、フィールに到着してハンター登録をした時点で終了になる。


 だけどフィールがこんなことになってたなんて思ってもいなかったから、大和が自分から依頼の延長を申し出てくれたの。正確には依頼じゃなくて好意になるんだけど、あたしとしても母様としてもすごくありがたかったわ。


「なるほど、理由はわかりました。そういうことならアマティスタ侯爵家の客人としてお迎えさせていただきます」

「よろしいのですか?」

「ええ。Gランクハンターと縁ができるという下心もありますけど、フィールを救ってくれた英雄のお母様なのですから、私達にとっても重要人物です。そうですよね、ソフィア伯爵、アーキライト子爵?」

「無論です。我がディアマンテ子爵家も、アプリコット婦人の安全についてはアマティスタ侯爵家に協力いたします」

「トゥルマリナ伯爵家も同様です。それにアプリコット様に何かあれば、今回の件以上の悲劇が訪れる可能性もありますからね」


 領代の申し出は、私にとっても母様にとってもすごくありがたい。だけど簡単に受け入れてしまえば、下手をすればバリエンテとの間で戦争が始まってしまう。だからこそ、受けるわけにはいかない。


「お申し出はとてもありがたいのですが、私達は……」

「事情があるのは存じていますよ、ハイドランシア公爵夫人」

「ご、ご存知だったのですか?」

「私だけではなく、ソフィア伯爵もアーキライト男爵も知っています」


 心臓が止まるかと思ったわ。まさか領代がハイドランシア公爵家のことを知ってたなんて。


「バリエンテの現状は我々にとっても看過できませんからな。ですからワイバーンを有する我がディアマンテ子爵家が、幾度かバリエンテの情勢を調査していたのです。そして先日ハイドランシア公爵が処刑され、奥方と御令嬢が行方不明になられたという情報を得ました。どこに向かわれているのかまではわかりませんでしたが、御令嬢が我が国の第二王女殿下と親しい間柄という話は有名です。ですからお二人はアミスターに来られると思っておりました」

「ってことは皆さん、プリムがフォクシーの翼族ってことだけで、二人がハイドランシア公爵家の人間だって見抜いたんですか?」


 大和も驚いてるけど、あたしとしてはいつか見破られるんじゃないかって思ってたわ。フォクシーの翼族はあたしを含めて二人いるけど、もう一人の毛色は黄色だからどっちがどっちかはすぐにわかる。だけどこんなに早く見抜かれるなんて、ちょっと想定外だったわね。


「それだけではありませんけどね。もっとも私達としては、お二人は王都に向かわれると思っていました。しかも今のフィールはこのような状況ですから、こちらに向かわれる可能性はほとんどないと思っていたのですよ」


 それはそうでしょうね。ブラック・フェンリルは情報がなかったけど、グリーン・ファングは噂だけはあった。実際はハンターズマスターが握りつぶしてたわけだけど、そんな噂を聞けばフィールに行こうなんて普通は考えない。

 だけどあたし達は、絶対ってわけじゃないけど倒せると思っていたし、追っ手を撒くのにも都合がよかったからフィール以外の選択肢は考えられなかった。まあ実際はハンターズマスターが情報を握りつぶしてたばかりか、ブラック・フェンリルまでいたわけだけど。


「ですが私達を受け入れてしまえば、バリエンテとの国際問題になってしまいます。ですからしばらくはフィールで何かをしながら過ごそうと思っていたのですが……」

「お気持ちはわかりますが、あなたはこちらのプリムローズ嬢の母君でもあられる。そのプリムローズ嬢がフォクシーの翼族でありGランクハンターである以上、今のフィールの状況では何かしらの問題に巻き込まれてしまう可能性が高い。そしてその問題は、フィールどころかアミスターの存続を左右する可能性すらあるのです」

「それにバリエンテ獣王の圧政は、アミスターにまで聞こえてきています。状況次第では陛下は軍を動かされるでしょうね」

「つまりアミスターとしても、二人を受け入れることで情報が手に入るし、俺達っていうGランクハンターと縁ができることになるから、メリットとしては十分ってことですか?」

「そうなるわね。それに王女殿下のこともあるから、悪いようにはしないつもりよ」


 好意だけだったら多分信じられなかったでしょう。だけど確かに情報はメリットになるし、二人のGランクハンターと縁ができると考えれば悪い話でもない、ということね。


「わかりました。そういうことでしたら御厄介になります、フレデリカ侯爵、ソフィア伯爵、アーキライト子爵」

「お任せください」


 領代の三人が話の分かる人で助かったわね。


「ライナス殿、大和殿とプリムローズ嬢だが、今のランクはどうなっているのですか?」

「カミナ、頼む」

「はい。グリーン・ウルフとグラス・ウルフは討伐依頼があり、達成条件は3匹の討伐です。お二人が狩られたグラス・ウルフは113匹、グリーン・ウルフは26匹ですが、条件は同一種を3匹になりますので、達成回数は合計で65回といった扱いになります。またブラック・フェンリル、グリーン・ファング、ウインド・ウルフに関してですが、こちらは討伐依頼はありませんが、過去の事例と照らし合わせると緊急依頼達成と同じ扱いになります。これだけの数の依頼を達成し、異常種、災害種までも倒されたわけですから実力、経験共に不足しているとは考えられません。ですからハンターズギルドとしては、十分にGランクの資格ありと判断できます」

「ということですのでサブマスターとしての権限で、二人のランクはただ今をもってG-TランクからGランクへ昇格となりますな」


 あれ?いいの?あたしとしては上がるとしてもG-BかG-Sランクぐらいだと思ってたんだけど?なんか大和も驚いてるわね。気持ちはわかるわよ。


「ちょ、ちょっと待て、おっさん!」

「誰がおっさんだ!俺はまだ35だぞ!」

「十分おっさんだろ!そうじゃなくてだな!」


 大和に同意するわ。35って思ったより若いけど、それでもあたし達からしたら十分におじさんよ。


「俺達、さっき登録したばかりだぞ!ランクは必ずTランクからスタートして、魔物を狩ったり依頼をこなしたりすればレベルに応じたランクに上がることになってるが、一気に上がるんじゃなくて段階的に上がることになってるだろ!なのにそんな特例みたいなことしていいのかよ!?」

「いいんだよ。これだって前例はあるんだからな」

「い、いや……確かハンターの人格とかそっち方面も調べてからでないとGランク以上には上がれないって話があっただろ!?俺達はたった今登録したばかりなのに、なんで上がってるんだよ!?」


 そういえばそうだったわ。バカどもが高ランクにならないための規定なんだけど、それでも今までの素行とかで判断されることが多いし、何よりそんなバカどもは頑張ってもSランクがせいぜいだから、完全に忘れてたわ。


「俺が問題ないと判断したから問題ない。これも査察官権限だな」

「……」


 大和が黙らされたわ。あたしとしては嬉しいけど、簡単に査察官権限を使わないでほしいわね。


「そういうことならこちらとしても助かる。安心して指名依頼を出せるからな」


 アーキライト子爵が心底安心したって顔してるけど、どういうことなの?というか他の領代二人も納得顔してるじゃない。こっちとしてはすっごく不安になるんですけど?


「指名依頼ですか?もちろん依頼を出すのは自由ですから構いませんが、何かありましたか?」

「ええ。これは私も先程報告を受けたのでまだライナス殿もご存知ではないでしょうが、部下がグリーン・ファングとは別の異常種を確認しました」

「なっ!?」

「なんですって!?」


 ちょっと待ってよ!別の異常種!?この短期間で複数種の異常種が確認されるなんて、聞いたことないわよ!


「……それで、種族は?」

「エビル・ドレイクです。場所はマイライト山脈の北部。ここからは距離がありますが、部下の報告ではかなりの巨体だったと」

「エビル……ドレイクですって?」


 あたしも絶句した。なんてもんが生まれてるのよ!これならグリーン・ファングの方が可愛いじゃないの!


「なあプリム、エビル・ドレイクって何なんだ?」


 一瞬イラッときたけど、客人まれびとの大和は知らなくても無理ないか。


「マイライト山脈にはフェザー・ドレイクっていうドラゴンの亜種が生息してるんだけど、エビル・ドレイクはそのフェザー・ドレイクの異常種になるの。ランクはブラック・フェンリルと同じだけど、ドラゴンの亜種だからブラック・フェンリルより厄介かもしれないわ」

「ドラゴンの亜種?そりゃ確かに厄介だな。となると相応の準備が必要か」

「そうなるわね。少なくともミスリルの武器を買わないと、傷一つつけられない可能性が高いわ」


 あたしの持ってる槍はザックで買ったアイアンスピア、大和は同じくザックで買ったアイアンソードだけ。大和はマルチ・エッジを生成することができるから何とかなるだろうけど、あたしは多分無理。マナ・ブースターやフレイム・アームズ、極炎の翼を使えばいけるかもしれないけど、多分武器が持たない。だからミスリルの武器は絶対に必要だわ。

 ロングスピア?極炎の翼でグリーン・ファングを倒した直後に壊れちゃったのよ。


「確かに武器は必要だな。アーキライト子爵、二人が討伐に向かうのは武器の準備ができてからでも構いませんか?マイライト北部ってことならフィールからも離れてるし、フェザー・ドレイクの異常種でもある以上森から出てくるとは考えにくい」

「普通ならそれでも構わないのですが、できれば急いでいただきたい。それと申し訳ないのだが、頭部は無傷で確保してもらいたい」

「頭部を?」

「だけどアーキライト子爵、異常種相手にそんな注文をつけられても、さすがにそれは無理だと思うわよ?」


 ソフィア伯爵の言う通りよ。その辺の魔物なら問題なくできるけど、異常種相手にそんなこと気にしてる余裕なんてあるわけがないわ。いえ、大和ならできそうな気もするんだけど。


「無理は承知の上です。なにせ確認した部下は、そのエビル・ドレイクが従魔の可能性があると報告してきたのですから」


 エビル・ドレイクが従魔!?いくらなんでもそんなこと……ない、とは言い切れないか。エビル・ドレイクが子供の時に契約したのかもしれないし、契約したフェザー・ドレイクを進化させることに成功したのかもしれない。可能性はどちらも低いけど、ゼロっていうわけじゃない。そういうことなら確かに調査する必要があるわね。


「そういうことなら、確かに急ぐ必要があるか。二人とも、どうだ?」

「俺は構いません」

「あたしもよ。ミスリルの武器は数打品を使うしかないでしょうけど」

「すまないな。報酬はこのフィールでも一番と言われている鍛冶師が作る、オーダーメイドの武具。これでどうだろうか?」


 悪くないわね。フィールで一番ってことはアミスターでも一番ってことに等しいから、作られた武器の性能は同じミスリル製でもかなり変わるはず。しかもオーダーメイドってことはあたし達好みの武器を作ってもらえるわけだから、あたし達としても鍛冶師を探す手間が省ける。下手にお金で貰うよりもあたし達にとっては都合がいいわ。


「そりゃありがたいですね。元々フィールに来たら、俺達好みの武器を作ってくれる鍛冶師を探すつもりだったんですよ。それがフィールで一番っていう鍛冶師なら、俺としては言うことはないです」

「あたしも同意見だわ」

「助かる。今日はもう店を閉めているだろうから、明日その鍛冶師を紹介しよう」


 確かにもう夕食の時間だし、ハンターどもが仕事をしてないんならお店を開けてる意味もないでしょうからね。


「アーキライト子爵、よろしいでしょうか?」


 レックス団長が割り込んできた。レックス団長、ローズマリー副団長、ミーナの三人は騎士という立場だから、領代やライナスさんとの話を黙って聞いていたの。騎士も魔物を狩ることはあるから、一緒に来た部下の騎士がブラック・フェンリルとグリーン・ファングの死体を徹底的に調査してるし、そっちの確認もしてたんだけどね。


「団長?どうかしたのか?」

「はい。その鍛冶師ですが、アルベルト工房で間違いはありませんか?」

「無論だ。アルベルト工房は間違いなく、アミスターで一番の鍛冶師だからな」

「でしたらこの後、私が案内させていただきます。アルベルト工房とは個人的に親しく付き合っていますし、彼のお孫さんの恋人と妹は友人でもありますから」


 そういえばミーナが知り合いの店を紹介してくれるって言ってたけど、その工房のことだったみたいね。工房の主の孫の恋人の友人ってことだけど、その人も工房で働いてるのかしら?


「そうなのか。ではすまないが頼む。こういうことは早いに越したことはないからな」

「はっ」


 どうやらこの後、そのアルベルト工房ってことに行くことになったみたいだわ。母様はフレデリカ侯爵の所に行くことになったし、あたしと大和はどうしようかしらね?あたし達までフレデリカ侯爵家に厄介になると色々と問題が起きるのは確定だから、それだけは避けたいわ。

 後でミーナにお勧めの宿でも聞いてみようかしらね。

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