06・歪んだ愛国心
まだ周囲に潜んでたのは確認してたんだが、認識が甘かったか。ユーリ様はリディアが突き飛ばしたみたいだが、リディアは完全に数人の男女に手足を抑えられてるな。
「ユーリッ!!」
「ね、姉さん!」
「全員動くなっ!こいつの命が惜しかったらなっ!!」
リディアに突き飛ばされたとはいえ、ユーリ様も連中に近い。現に数人の男女が剣を突き付けている。これは迂闊に動けばリディアはもちろん、ユーリ様も危険だな。まあいつでも捕縛できる準備はできてるんだが。
「こんなとこで会うとは思わなかったが、まだ生きてたんだな。なあ、パトリオット・プライドのリーダー、バルバドスさんよ?」
「俺を知ってる、だと!?そうか、貴様かっ!貴様がフィールに来たというGランクハンターか!?」
「ああ」
フィールからレティセンシアのハンターを一掃した時はGランクだったから、そう認識されてるのは仕方ないか。
「貴様のせいで、レティセンシアは莫大な被害を受けた!それだけではなくマリアンヌ様を捕らえ、アミスターに侵略の大義名分まで与えた!傷つくのが罪もないレティセンシアの民だということを、貴様はわかっているのか!?」
「だからどうした?今までお前らがやってたことは、罪もないアミスターの国民を傷つけることだっただろ。それに先に侵略してきたのはそっちだろうが」
逆恨みも甚だしい。何度かレティセンシア人と話す機会はあったが、その機会は全部こんな感じだったな。自分達の都合を押し付けて相手のことは一切考慮しないどころか、自分達の理屈で行動し、それが全て正しいと頭から信じているから、全くもって話しにならない。
バルバドスも例にもれず、似たようなことを言ってくるな。だいたい予想通りだが、そんなことは知ったことじゃない。
「黙れっ!レティセンシアがフィリアス大陸を支配しなければ、アバリシアがこの大陸を隷属させることになるんだぞ!貴様はそれを知っているのかっ!?」
「知るかよ。つーかな、お前らがやってることも議論の余地のない侵略行為なんだよ。それが正しいと思ってる分、始末に悪い」
「同感ね。というか、あれだけの数の異常種を魔化結晶を使って生み出していたんだから、あなた達の言い分は詭弁以下の戯言だわ」
マナ様の言うことに百パーセント同意だ。そもそもレティセンシアは、アバリシアに屈したことを認めていないだけのはずだ。
その証拠が魔化結晶、そして生み出された数々の異常種や災害種だ。一匹でも容易に街や村を滅ぼすことができる異常種、国を傾ける被害を生み出す災害種だが、名高いアミスターの騎士団ならば倒すことは可能だろう。
逆にレティセンシアは、全戦力を結集しても異常種を一匹倒すのがやっとだろうと言われている。その理由の一つとして、レティセンシアにはハイクラスに進化した者は数人、多くても二十人程度、しかもレベル50を超えている者は一人もいない。
にも関わらずレティセンシアは、アバリシアからもたらされた魔化結晶を使い、フィール周辺の魔物を異常種や災害種に進化させた。自分達じゃどうすることもできないのに、よくそんな物を使おうなんて思ったもんだよ。
「黙れよっ!魔化結晶で進化した魔物は、進化させた者の意のままに動く!優秀なレティセンシア軍に異常種や災害種が加われば、リベルターはもちろん、アミスターやソレムネでさえも敵ではないっ!」
意のままに、ねぇ。サーシェス・トレンネルの従魔のエビル・ドレイクならわかるが、他の魔物が言うことを聞くとは、さすがに思えない。事実、マーダー・ビーはレティセンシアの駐屯地を襲って工作員を半壊させてたからな。
まあ、それはそれとして、だ。
「お前らが進化させたと思われる魔物はブラック・フェンリル、グリーン・ファングが二匹、マーダー・ビー、アビス・タウルス、デビル・メガロドン、それからオーク・クイーンだろ?」
「ほう。結構な数が進化しているな。ブラック・フェンリルは俺達も確認していたが、アビス・タウルスまで生まれていたとは嬉しい誤算だ」
にやけた顔してやがるが、アビス・タウルスはこいつらも予想してなかったのか。まあどうでもいいが。
「ちょ、ちょっと待ってよ!そんなとんでもない数の異常種が、今のアミスターにはいるっていうの!?」
ルディアが驚くのも無理もない。異常種は一匹でも街や村を滅ぼし、国を傾けることができるが、その異常種よりさらに上位の災害種までいるとなれば、国が滅ぶ可能性だってあった。
「全部倒したけどな」
「……なんだと?」
「た、倒したって……まさか、たった一人で以上種を倒したの!?」
「いや、俺と相方の二人でだな」
ルディアはもちろん、バルバドスに捕まったままのリディアも目を丸くして驚いている。単独討伐は不可能って言われてるし、フィールでもさんざん驚かれたな。
「ば、馬鹿なっ!そんなことができるわけがないっ!!」
「普通ならね。だけど大和も大和の相棒も普通じゃないのよ。大和、ライセンス見せてあげたら?」
「面倒だけどそうしますか」
俺はマナ様に促されて、ライセンスを取り出し、バルバドスに向かって放り投げた。
「馬鹿な……!Pランクのエンシェントヒューマンだと!?」
「うそ……」
バルバドス、そして捕まっていたリディアも目を見開いて絶句した。さすがに俺がエンシェントヒューマンだってことは予想外だったのか、周囲の連中も俺に意識を向けてきた。これはチャンスだな。
俺は起動させていたニブルヘイムを、即座に発動させた。
「い、いくらエンシェントヒューマンといえど、この状況では……な、なんだっ!?体が動かない!?」
パトリオット・プライドは全員が氷の像になり、生命活動を完全に止めた。バルバドスはサーシェスと同様に生け捕りにする予定だし、もうしばらく話を聞いてみるつもりだから首から上は氷らせていないけどな。
「ば、馬鹿なっ!?これだけの人数を一瞬にして氷らせるなど、できるわけが!?」
「現実を見ろよ。実際にできてるんだからな。それにこんな状況は初めてじゃないんでな。リディア、今ならそいつは動けない。ユーリ様を連れてこっちに」
「え?あ、はい!」
「ま、まてっ!ぐわああああっ!!」
俺はリディアの体を押さえている左腕だけを砕き、脱出を促すと、リディアは急いでユーリ様に駆け寄った。ちょっとリディアの顔が赤いが気のせいだろう。
「大丈夫ですか、ユーリ様?立てますか?」
「は、はい、大丈夫です……」
ユーリ様を助け起こすと、リディアは急いで俺達の下に戻ってきた。その二人を守るように、マナ様とルディアががっちりとガードしている。それを確認してから、俺はバルバドス以外の連中は完全に氷像にしたうえで粉々に砕く。パトリオット・プライドは全員がレベル40を超えてることもあってけっこうな額の賞金が懸けられているが、全員を運ぶのは手間以外の何物でもないからライブラリーだけを持っていくつもりでいる。
「さて、捕まえる前にこれだけは聞いておくわ。なんでユーリを狙ったの?」
「……答えると思うのか?」
「思ってないわよ。だけど予想はできてる。皇女との身柄交換のために、アミスターの王族を狙ったってところでしょ。いえ、それどころか皇女を取り戻したら、アミスターへの見せしめのために、ユーリを処刑っていう可能性もあるわね」
バルバドスは答えないが、目が雄弁に物語っている。なぜわかったと言わんばかりだ。
「いや、普通わかるだろ。もちろんここでユーリ様を殺すっていう可能性もあったが、ここはハウラ大森林の中だ。いくらお前らが声高に叫んでも、魔物にやられたって判断されたらそれまで。それならユーリ様をさらって、皇女を救い出すための人質にして、その後で殺す方がアミスターに対する意趣返しになる。まあそんなことしたら、確実にレティセンシアは滅びるけどな」
「なめるなよ?アミスターごときに、なぜ我が祖国が破れなければならん?魔化結晶がある限り、レティセンシアに敗北は存在しない!」
頭悪いにも程があるだろ。そもそもその魔化結晶自体、アバリシアからもたらされた献上品。つまりは、だ。
「その魔化結晶、レティセンシアで開発された物じゃなく、アバリシアから下げ渡された物でしょう」
「アバリシアはレティセンシアの対等な同盟国だ!その発言を取り消せ!!」
下げ渡された、となると、明らかに格下になるからな。こりゃアバリシアも、結構手を焼いてるんじゃないか?
そんなバルバドスを意にも介さず、マナ様は話を続けている。
「いくつ所有しているのかは知らないけど、アバリシアを頼っている時点で敵じゃないのよ。そもそも異常種や災害種は、大和の前じゃ普通の魔物と変わらない。付け加えるなら、大和のパートナーも最近エンシェントクラスに進化しているわよ。まあユーリをさらおうとしたわけだし、近いうちに行われる両国の会談がご破算になる可能性はある。さすがに今回はお父様も黙っていないだろうし、そうなった場合にどうなるか、私が説明しなくてもわかるわよね?」
「……レティセンシアに対して、宣戦を布告するというのか?」
「ええ。もっともレティセンシアごときを滅ぼすために、わざわざアミスターの全軍を招集する必要性はないけど。何にしても、あなたは自分で、レティセンシア滅亡の弓を引いたのよ」
弓を引く、っていうのは、引き金を引くと同じ意味だ。ヘリオスオーブに銃はないから、その代わりが弓ってことらしい。
それはともかくとして、マナ様の意見に全面的に同意だ。レティセンシアはどんな些細な事でも自分が正しいと考えていて、それが一般人レベルにまで浸透している。特にクラフターにはひどく、ロクな人権を与えていないどころか奴隷と変わりない待遇だと聞いている。
最近クラフターズギルドは完全撤退したが、これにはハンターズギルドも協力しており、アミスターやリベルターに抜けるまでの護衛を行っている。実際クラフターがいなくなることに危機感を持った貴族が道中で襲撃をかけたそうだが、護衛のハンターに返り討ちにされたらしい。
余談だが、レティセンシアへの進出を強行したクラフターズギルドの幹部は、レティセンシアから賄賂を貰っていたことが発覚している。そいつはレティセンシアの皇都イルシオンに置かれたレティセンシア本部のクラフターズマスターに就任していたが、今回の件でその任を解かれ、アミスター総本部で厳しい取り調べを受けた後、処罰が下されることになっているそうだ。
「大和、もういいわ。捕まえてくれる?」
「了解」
これ以上聞くことはないとばかりに、マナ様が俺に捕縛を依頼してきた。俺も全く同意見だし、これ以上はアミスターに任せるべきだろう。そう判断してバルバドスを完全に氷らせると、ストレージに収納した。空属性の収納魔法ストレージングは生物は収納することはできないが、氷らせたり石化させたりすれば収納できる。どうやら生命反応や魔力反応があるとはじかれるらしく、それらを通さない物で包み込めばいいみたいだ。そんな物質はかなり希少だから、ほとんど出回ってないそうだけどな。
なんにしても、フィールを騒がせていた元凶を捕まえることができたわけだ。レティセンシアとの問題は大きくなるが、それはハンターに口を出せるような問題じゃないから、アミスターに丸投げでいいだろう。




