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第9話「不幸の切れ味」

 昨日校内で発見された変死体に、夜のうちに作られたクレーターの数々。

 学院は一時休校となり教員たちは対応に追われることとなる。


 生徒は自宅および寮で待機。不要不急の外出は控えるよう命じられた。

 そんな中、リーネットは寮の自室でサンドバッグ打ちをしていた。


 ズドンッ!


     ダダンッ!


  ドカァッ!!


 スポーツウェアに、手には包帯を巻いたファイタースタイル。

 一心不乱に打つ姿に普段のおちゃらけた雰囲気はなく、アスリート然とした真剣さと、それ以外の深刻さがあった。

 

 サイドステップ、ジャブ、フック、スウェイからのストレート。

 バックステップしてからのステップインで勢いをつけて鋭く打ち込む。


 スピードアップとともに、呼吸が乱れ、表情も険しくなっていく。

 彼女は目覚めてからずっと、消したいものがあった。


 よく見る悪夢だ。


 真っ白な天井に響く無数の赤子の声。

 寝かされた自分を覗き込むように大人たちが顔を覗かせる。


『失敗です』


 その言葉と同時に場面は暗転。

 続いてどこかもわからない戦場。


 悲鳴と怒号が響く中、眼前での爆発で目が覚める。

 悪夢を見た日の朝は、倦怠感とイライラが同時にくるため、無理矢理にでも身体を動かすのだ。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……フゥ」


 揺れるサンドバックを止めて、額をうずめる。

 しばらくしてからシャワーを浴びて、ベッドでぼんやりと過ごした。


 怪能『ビヨンド』を手に入れたが、その点は期待外れだった。

 力を手に入れても、まとわりつく悪夢は拭えない。


 結局自分は変わっていないのかと、ある種の幻滅がまた身体を重くした。


「ハァ~、しゃーね。ちょっと歩くか」


 いつもより静かな寮の廊下を堂々と歩く。

 行き先は学院。カプノスに会いに行くためだ。


 教室に入れないのだから寮にも入れないし、なにより女子寮に入るのは紳士的でないとしている。

 現実世界で行動するためには、いくつかのルールがあるらしい。


 彼への面倒臭さを感じながら、リーネットは学院までの道のりを歩きだした。

 今日はバネで跳んでいこうとは思わなかった。


「へぇ~、なんだ。待機とか言っときながら何人か歩きまわってんじゃねーか」


「……ん、んん!? おい、リーネット! こんなところでなにしてるんだ!?」


「おっすセンセー。聞いて驚くなよ? 散歩してるんだ」


「散歩してるじゃないだろ。自習課題はどうした?」


「え? あったっけ?」


「あのなぁ……」


「別にいいじゃんよ。それにホラ、何人か生徒歩いてんじゃん」


「生徒会だろう? あれは学院治安部だな」


「なんだっけそれ?」


「大まかに言えば生徒会直属の風紀委員。お前みたいな《《はねっかえり》》が悪さしねえように取り締まる栄誉ある部署だ。無論、選ばれた生徒しかなれない」


「アハッ! はねっかえりときたか! アタシにピッタリだ」


「……なぁ、お前、最近身体がバネになってるって話を聞いてるんだが……」


「なってるね」


「それは、その……魔術なのか?」


「ウン、マジュツダヨ」


「……まぁ、別にいいんだが。その、気になってな。ほら、ウチの生徒が4人も死んでる。昨日で一気に3人死んだからな」

 

 偶然出会った教員の顔は疲労感にまみれ、参っているようだった。


「おまけに昨晩の地震だ。もう、どうなってんだ」


「そのうちイイコトあるって。今日は帰ってキャバクラとか行きなよ」


「ふん、あいにく俺には愛する妻がいるもんでね。そんな不貞行為はしないッ! ……ふぅ、なんだかお前の口の悪さが可愛く思えてきた。以前はこれも悩みだったハズなのになあ」


「そりゃ良かった。理解あるセンセーだよアンタ」


「都合のいいこと言いやがって。まぁ、今はそんなのにかまってられねえ。さっさと帰れよ」


「ほいさー」


 去っていく教員をにこやかに見送りつつ、廊下を歩いてみる。

 しかしカプノスに会えないまま、昼近くになるのを腹の空き具合で感じ取った。


 食堂はやっていた。

 生徒会以外にも、なにかの用事があったであろう生徒もチラホラ。


 教員はどんよりした顔で食事を摂っている。

 

「おお、空いてて助かるわ」


 お盆に乗せた食事に目を輝かせ、ひと口、またひと口と味わう。

 平らげてからひと休みでスマホをいじっていると、視界の端にカプノスが歩いてくるのが映った。


「やっぱりここにいたか。隅っこの席を取ったのは正解だね。人もまばらだし、落ち着いて話せる」


「アンタを探すの大変だったんだぞ~。今までどこ行ってたんだよ」


「調査をしてたんだ。まだ公表はしていないが、実験棟の事故はここの教授がやらかしたみたいだね」


「へ~」


「興味なさそうだな……。実験棟にこっそり色んな機材を持ちだして、非合法の研究をしていたって噂だ。元々そういう気質の人間で、上も頭を悩ませていたらしい」


「マッドサイエンティスト? ウチにもそういうのいたんだ。それで事故ってんだから世話ねえよな」


「その上生徒たちが怪能によって殺されてしまった……学院存続の危機かもね」


「ハハハッ! そりゃあいい。潰れちまえばいいんだこんなところ」


「……この学院が嫌いかい?」


「嫌いだよ。なにもかもな。文句あっか?」


「いいや。好きに思えばいい。ところでさ、君が持ってるの、それスマホってやつだよね?」


「そうだよ」


「前から気になっていたんだが、大抵の子がそれをジッと見てるよね? なに? 自分の命より大事なことでも書かれてるのかい?」


「たとえが極端に深刻だな」


「だってそうだろう。仮にも魔導士だっていうのに、あんなにジッと見てたら隙だらけじゃないか」


「じゃあ何人か撃ち殺してみるか?」


「そんなことしないよ。というよりもできない。怪能の持ち主相手にしか効かないよ」


「難儀だな」


「まぁそれはさておいてだ。そのスマホってのは便利なのか?」


「超便利。大体の情報源はこれだよ」


「へ~、例えば?」


「そうだな。……これ。ウチの生徒なんだけど、スゲェぞ? 名探偵だぜ?」


「名探偵? ほう、『難事件またまた解決』か。大手柄だね。彼は今どこに?」


「もうすぐ帰ってくるってさ。あれで成績も落とさねえってんだからすごいよな」


「大した少年だ」


「夢ン中ってスマホないの? スマホ持ってる誰かの夢とか」


「ないね。大抵アナログだ」


「デジタルの入る余裕はないか」


「スマホ使えたらなぁ」


「盗めば?」


「触れられると思うかい? 第一、パスワード入力がいるだろう。だけど……」


 そう言うと彼はかがんで、


「ホラ、ちょっと成長したよ。ボールペンにフォークもだ。こういうの拾える」


「よかったな。ゴミ拾いができるぞ。エコだ」


 食堂の床に転がっていた落とし物を拾うも、リーネットに軽くあしらわれる。


「現実世界に順応してきた影響かもね」


「この分ならいつかは菓子とかパンも食えそうだな」


「そのときは君のオススメを見繕ってくれ」


「いいね。……うし、そろそろ出よう。怪能の持ち主探すんだろ?」


「あぁ、……しかし妙なんだ」


「なにが?」


「《《すでにいる》》のは感覚でわかるんだ。でもまるで動きがない。君や昨晩のルヴィアのように暴れてもいい頃合いじゃないかと思うんだが」


「照れ屋さんなんだろ」


「だったら可愛いな」


「でも、アンタの話の通りなら、怪能ってのは、使わずにはいられない衝動が出てくるんだろ?」


「あぁ、だからちょっと心配でね」


「出会うまで歩けばいいさ」


「その前に出ていかされそうだけどね」


「そんときゃそんとき」


 ふたりは並んで歩く。

 途中で見つかり、リーネットが寮に戻されたのは言うまでもない。


 カプノスはひとり、探索を行った。

 だが見つからないまま時は夕刻。


 昇降口の下駄箱。

 カプノスはここで待ち伏せをする。


 しかし、ここでまた『怪事件』は起きた。


 ザシュザシュザシュ!


「な、にぃ……?」


 カプノスは女子生徒が切り裂かれるのを目撃する。

 彼女は怪能の持ち主ではない。ただの一般生徒だ。


「彼女の近くには誰もいないはずなのに、急に血がッ! なんだ? 自分の下駄箱に入っていたこの『封筒』か? 封筒の中身を見たのか?」


 なにかが入っていたようだが、すでに塵となって消えかかっていた。

 

「手紙じゃない。もっと硬い、そう、金属のような……。クソ、そういうことか。どうりで気配だけと思った。まだ怪能を行使してないんじゃない。《《スデに終わっていたんだ》》。となると、すぐ近くに?」


 だが、周囲に群がる生徒たちを見ても、それらしい人物は見当たらない。

 

(今度の相手はかなり面倒だぞ……)


 昇降口に差し込む茜の光に向かって血はゆっくりと流れる。

 流血の先に誰もいないはずなのに、まだ見ぬ持ち主がほくそ笑んでいるようで気味が悪かった。


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