第8話「和解……したのかな?」
魔術を扱う学院で、その素質を失う。
あまりに致命的な損失だった。
仮にふたりを始末できたとして、その後通常の学生生活は送れない。
今さら別の道など考えられなかった。
とてつもなく重い現実が、彼女から戦意を奪った。
怪能を得る前の、どこまでも落ちていく感覚だけが心を黒く覆う。
「魔術まで失うとは思っていなかったと? 残念ながらそうならないんだ。神様が助けてくれたなら、こうはならなかっただろうけど」
「なんでぇ……? 私は、普通に、静かに生きていたかっただけ……。普通に学院を卒業して、どこかに就職して……ようやく、それができると思ってたのに」
「それが、君が人を殺してでも欲しかったモノか」
「ええ、そうですよ!! ほかにどうしろって言うんですか!? どうせアナタだって綺麗事でお説教するんでしょ!? 『人殺しはいけないことです』、『話し合えば分かり合える』って!!」
「落ち着いてくれ。わたしにそういう善悪を問われても困る。君たちの倫理観に興味はないんだ」
「じゃあ、なんなんです? なんで、グス……なんで私を」
「前にも言っただろう。君の持つ怪能のエネルギーが必要なんだ。本当にそれだけなんだよ」
「……正義の味方とか、そういうんじゃないんですね」
「少なくとも《《これ》》を連れたヒーローなんてこの世にはいないよ」
「オイ、それがMVPに対して言う言葉かコラ」
「……まだ、手放したくないかい?」
「この力があると、気分がいいんです。もしもこの力をアナタに渡したら……どうなるんです?」
「リハビリは必要だろうが、いずれ魔術の才能は戻るだろうね。その気分の良さが続くかどうかは保証できないが」
「いつもの、私か……」
「絶望って感じだな」
「もうなんなのでしょうか、私って。全部ダメ。なにやっても……落ちていくだけ。殺しても殺さなくても、同じこと」
うなだれる姿に、罪悪感の色が見えた。
邪魔者は消すという思想こそ芽生えたが、殺しにまったく迷いがなかったわけではなかったらしい。
タガが外れた精神の無意識の部分で、ジレンマに揺らいでいたのだろう。
「もしも自首したいならすればいい。だが、それは怪能のエネルギーを集め終わったあとだ。わたしはこの学院の外には出られない。君が捕まったら出てくるまでジッと待ってなきゃいけない」
「こういう場合って死刑とかじゃね? 知らんけど」
「となったら厄介だ。魂とともに怪能も消滅するか、別の人間に乗り移るか……少なくとも回収は絶望的だね。さて、わかってもらえたかな?」
「エネルギーを集めてどうするんです?」
「お、興味を持ってもらえたようだね。嬉しいよ。事故があった実験棟にわたしがいるべき場所への帰り道があるんだが、そのまんまじゃ進めないんだ。だから必要なんだよ」
「……なんとなく、理解しました」
「なんとなくでも全然オッケーだ。ようはわたしが帰れるように協力してほしいってだけの話だ。シンプルだろ?」
「でも、どうすれば……」
「これも言ったが、別に今すぐに返さなくてもいい。なんなら、協力してくれないか? 人数は多いに越したことはない」
「私がアナタたちの?」
「《《君をここで失うわけにはいかないんだ》》」
「容赦なく撃ったくせによくいうよ」
「それについてはなにも言えないな。だがダメージソースとしては優秀だろ?」
ふたりが和気あいあいと話す中、ルヴィアの瞳に光がよみがえっていく。
先ほどのカプノスの言葉が、欠けた心を無理矢理に継ぎ接ぎするように反芻していった。
おもむろに口角が歪む。
彼女の瞳にはもう、カプノスしか映らなかった。
「────わかりました。協力させてください」
「お、ありがとう。改めて、わたしは『ミスター・カプノス』と言われている。都市伝説は知ってるんじゃないかな? 本人です」
「カプノスさんですね。あぁごめんなさい。都市伝説は存じ上げないのですが、でも、……うふふ、素敵ですね」
「え? あ、そう?」
「はい、とっても……」
(なんだこのネットリとした視線は? 気のせいか?)
「お、ってことは、アタシの部下になるわけか」
「君の部下じゃないよリーネット。そこは間違えるな」
「……チッ」
「この女ッ、舌打ちしやがった!」
「あーまた会って話そう。それでいいかな?」
「アナタがお望みならいつでも」
「一旦互いに退こう。さすがに騒ぎになってるからね」
「はい、では……」
先の戦闘での負傷や敗北感など吹っ飛んだように、ルヴィアは踵を返した。
実に軽やかな足取りの彼女を見送りながら、カプノスとリーネットは並んで歩く。
「助かったよ。わたしひとりじゃどうにもならなかった」
「そりゃど~も、こりゃ次の相手が楽しみだな」
「君のそのバトルジャンキー精神は元から? それとも怪能の影響?」
「どっちでもいいじゃん」
「まぁ、まだ理性的とでも言うべきか」
「なんでそう思うんだよ~」
「君、だいぶ手加減していただろう? 殺せはしないものの、君なら動けなくなるまでボコ殴りできたんじゃないかな?」
「ん~、確かにそうだな。まぁアイツが強くてやりにくかったってのも事実だけど」
「じゃあ、どうして?」
「考えてもみなよ。悲しいワケありの、ボインなイイ女がボコボコにされちまったら、世の男どもが泣いちまうだろ?」
「その感性は理解できないな」
とはいえ、彼女のバイタリティーに救われたことは認めていた。
ルヴィアのように不安定な精神では、きっとどこかでボロが出ていただろう。
だが、終始リーネットは変わらなかった。
精神面でもバネのように伸びて縮んで飛び跳ねて、状況をひっくり返そうとする。
怪能に飲まれるまではどんな女の子だったのか、カプノスはふと疑問に思った。
彼女もまた怪能を手に入れて間もないハズなのに、ルヴィアとどこで差がついたのか。
(答えなどないのかもしれない。今はそんなことよりも次だ。次の怪能の持ち主を探さなくては……)
リーネットと別れたあと、カプノスはひとり準備室に忍び込み、古いイスに腰掛け朝を待った。




