第6話「アトラス」
「よく逃げませんでしたね」
「レディのお誘いだ」
「嬉しい。でも、そういうのは同伴者なしで聞きたかった」
「だってよリーネット。今から寮に帰る?」
「ジョーダン。コイツをブッ飛ばす」
「ずいぶんと好戦的ですね。首輪とリードくらいつけてもらわないと、オチオチ話もできません」
「ハッ! テメェこそイキッてんじゃねえぞ。いかにも"私お可哀想ですよ"って面しやがって。対峙しただけでわかる。テメェは人を殺したくてウズウズしてんだ。今この瞬間にもよぉ!」
「……やっぱり、いじめたいんですね」
「ブッ飛ばすっつってんだマヌケ。このお利口さんは話し合おうなんざ言ったが、どうせテメェ、懐に入ってきたところをグシャリとやるつもりだろうが」
「……ずっと彼女に言わせる形になって申し訳ないね。で、どうなんだ? 実際のところ、わたしの話を聞いてもらうというのは」
「ぷ、うふふふ。あるわけないじゃないですか。優しい顔をして、私からなにを奪おうと言うんです? 尊厳ですか? それとも、このチカラ?」
「それは怪能と言われるものだ。本来なら人間が持ち得ていい代物じゃない。魔導士だろうとね。それを除去する方法もわたしは知ってる。もちろんすぐじゃなくていい。あと3つほど集めてから摘出する。約束して、それを果たしてくれるだけでいいんだ」
「オイ、アタシは手放す気ねえぞ」
「その件はあとにするからちょっと黙ってろ。……失礼。で、どうかな?」
「持ち得ていい代物ではない。ええ、そうでしょうね。きっと神が私を憐れみ、与えてくださった物。そう、これは《《ご意志》》なんです。手放すなどありえません」
「信心深いね。いいことだ。だが今の君に神と悪魔の区別がつくのかな? その力は君の信仰心や思慮深さを奪っている」
「バカバカしい。悪魔はアナタたちでしょう?」
「それを言われると、まぁ、うん」
「オイ、否定しろ!」
「神か悪魔かと言われると明らかに前者の側じゃないからね。でも残念だ。穏便に済ませたかった」
「……うそつき」
「この場合は、お互い様と言うのが正しいのかな?」
「おい、そろそろいいか? 問答も飽きた。初めっからぶん殴って言うこと聞かせりゃいいんだよ!」
自身をバネにする力『ビヨンド』の反発力が生む、爆発的な跳躍。
地面と並行になるように飛び、一気に距離を縮めた。
「待て! いきなり行くな!」
「ぶん殴るッ!」
「────落ちてください」
「ぶっっっ!?」
だが寸でのところで、リーネットは地面にめり込むことになった。
クレーターができ、砂ぼこりをまとった風圧にカプノスは反射的に目を閉じかけた。
「約60トン」
「……?」
「計算が間違っていなければ、デフォルトで出せる威力がこれだけです。何百メートルも上から落ちてきた重い物が地面にぶつかったときに生じるエネルギー。一瞬で肉体にのしかかったら、さぁどうなるか」
「それが君の持つ怪能……」
「高所は必要ありません。なくたって相応の威力で圧し潰せる。それが私の────『アトラス』です」
リーネット同様、怪能に名をつけたルヴィアは妖しく微笑んだ。
曰く、『重責』と『苦悶』を暗示する破壊エネルギー。
「ん? このクレーター……血も肉も散乱してない。いや、そもそも人の気配が」
「どこ見てんだアンポンタン!!」
額から血を少量流したリーネットが上空から急襲。
アトラスの力を利用しバネで高く飛び上がったらしい。
繰り出される連打をかわしながら、ルヴィアは冷静に戦局を見る。
「身体の一部を変化させるものもあるんですね。勉強になりました」
「どうしたぁ! 殴るなり落とすなりなんでもしてみろよ!」
「……あの男性はどこに?」
「あ?」
自身の背後で銃を構えていることをルヴィアは察知する。
「落ちて」
「ぬぅ!」
「あれ? けっこう重めにやったんですが……重圧で動けなくなる程度ですか」
カプノスのほうを向いた直後に、リーネットがバネ伸ばしたパンチを繰り出すもそれを右手で受け止めた。
「あいにく、わたしは特殊でね……そんなもんじゃ潰れない、……んだよ。でもヤバッ、これ重い、めっちゃ重いッ!」
「自分だけだなんて、卑怯ですね」
「お互い様って言ってるだろ……それより」
「ん? ────ハッ!」
「強めの握手どーも。お陰でここまでひとっ飛びだ!!」
ルヴィアに握られた拳を支点に、一気に飛び込んだ。
思わず手を離したが勢いが止むことはなく、強烈なタックルとなって吹かれる木の葉のように宙を舞った。
「へへへ~、捕まえた~」
「ヤダ! 離してください!」
「落としてみな? テメェも真っ逆さまだ!」
「必死に考えたところ申し訳ありませんが……《《落とせるのはなにも人間だけではありませんよ》》?」
「なに?」
「座標はここ────アトラス」
ルヴィアは身をよじる。
その勢いでリーネットの頭部が彼女の身体から離れた。
直後、側頭部に激突した小石。
クレーターが出来た際に飛び上がった小石のひとつを、アトラスで落とした。
リーネットの身体は力なくルヴィアから離れる。
優雅に着地し、弾丸のようにリーネットの頭部を貫いたのを確認すると、嬉々としてカプノスにも同じことをした。
念入りに、降り注ぐ小石や砂利は真下に放った散弾銃のよう……。
「終わりですね」
「どうかな?」
(すり抜けている? 物理攻撃が効かない!?)
「いちいち隙を見せるとはね」
「銃なんて無駄です」
「違うよ」
「そういうこと!!」
「なっ!?」
頭部を貫かれたはずのリーネットが下卑た笑みを浮かべながら、ルヴィアの背後から襲い掛かる。
気づいたときにはもう遅く、伸びる拳とカプノスの弾丸がルヴィアの頭部にヒットした。
ドサァ……。
錐もみ状に身を回転させながら、ルヴィアは倒れる。
「いってえええぇぇぇぇ……。最初に撃たれたのと同じくらい痛えええ……おお、再生してんのこれ? すっげえガクガクする」
「ナイスコンビネーションだ。……一方的な殺しはできても、戦闘がまだ不慣れだったことは不幸中の幸いだった」
「まぁアタシにかかればこんなもんよ。……しかし、アンタもやるじゃん。躊躇ねえもん」
「わたしは戦闘向きじゃないからね。手を抜けるほど余裕はない」
「よく言うよ早撃ち野郎。さ、この女を運────」
《《いない》》。
ほんの一瞬ほど、視線を外しただけだ。
少し離れたところに転がったはずのルヴィアの姿はなく、
「……よくもやってくれましたね?」
傷を再生させながら、すでにふたりの背後に立っていた。




