第5話「ルヴィア」
「ねぇルヴィア、アンタ最近調子乗ってるわよね?」
「…………」
「アンタ、ゼノンをどうしたの? アンタよね、ゼノンを殺したの」
「なんのことですか?」
「とぼけないでよこのアバズレ! アンタ……ゼノンとずっとくっついてたじゃない……彼の家が管理してる倉庫で、アンタは!」
「言いがかりも甚だしいです」
「口答えすんな! いつからテメェはそこまで偉くなったんだよボケッ!」
彼女は普段から目の前の少女、ルヴィア・バードックをいじめていた。
しかも死んでしまったゼノンとは恋仲にあった。
しかし女癖の悪い彼にヤキモキしており、さらに自分がいじめている女子がゼノンに目をつけられたとなっては、たまったものではない。
盗られるのでは、と思った矢先、彼は死んだ。
最後に会ったのはルヴィアであるとわかり、彼女を問い詰めていたのだが、
「大声ださないでください。うるさいです」
「なっ」
「アナタの興奮したときの甲高い声、もう限界です。近い距離でそれ聞くと、腹が立つんです。イライラするんです。壊してやりたくなるんですよ」
先ほどからルヴィアの様子が変で思わずたじろいた。
いつもなら俯いて、怖がって、何度も小さな声で謝る。
これほどの威圧感を放つ少女ではない。
睥睨の瞳は、深海のようにドス黒く。
まるで彼女の姿をした別人のようであった。
「この……生意気に睨みやがッて」
「アナタもゼノンって人も、人生が楽しそうで本当に羨ましい。正直、あの男には心底うんざりしてました。いつも人の胸ばっかり見て、ゲヘゲヘ笑って近づいて、なんの香水使ってるか知りませんけど体臭と口臭が混じって余計に臭いし……迷惑でした」
「この、このアマッ!」
「あ、でも、最期はよかったですね。ぐしゃりって圧し潰されて……上から目線じゃなくなって。やっと私と同じ目線に立ってくれたんです。同じ、底辺の位置まで下がってくれたんです────《《こんな風に》》」
少女が現実を認識したときには、すでに取り巻きが圧し潰されていた。
骨と肉のひしゃげる音が、遅れて脳内で反芻する。
飛び散った血と臓物。
悲鳴を上げる暇もなく、さっきまで自分たちは生きていたのだと、そう知らせるようにピクピクと痙攣していた。
「ぇ────?」
「アナタも、さぁ」
「ちょ、ちょっと待────」
「落ちてください」
ぐしゃ。
「おいおい、まだ3分も経ってねえってのにもう殺したのかよ」
「やられたね……」
「あら、新しいお客様? アナタ方も、私をいじめたいのですか?」
「ほう、わたしが見えているのか……なら、話が早い」
「────アナタ、かなり異質なヒトですね」
カプノスを見てなにかを察したルヴィア。
「異質な者同士仲良くしたいんだ。まずは友人からどうかね?」
「断ると言ったら? もうすぐ人が来てしまいますので」
「逃がすと思ってんのかボインちゃん?」
「────その呼び方、不快です」
「気に障ったか?」
「やめろ。変にコトを荒立てるな」
「どうせ殴り合いになるって言ったのはアンタだぜお利口さんよ」
「あぁ、やっぱり私をいじめたいんですね」
「会話が可能なら穏便に済ませたい。どうだ?」
「深夜、グラウンドでお待ちしています」
「了解した。ホラ、リーネット、ずらかるぞ。わたしはともかく、君まで変な目で見られるぞ?」
「けっ! わかったよ! ……おうカワイ子ちゃん。なるべく大人しくしたほうがいいぞ? ブン殴られたくなけりゃよ~」
「アナタこそ」
怪能の影響で、身体能力の上がったふたり。
ルヴィアも瞬く間に消え、リーネットもバネによる跳躍で遠くへと逃げた。
その数秒後に生徒たちが集まり、悲鳴が響き渡る。
彼ら彼女らの身体をすり抜けながら、カプノスは体育館裏から出た。
当然午後の授業は休止。
魔導の第一人者とも言える教員たちによって、厳重な規制が敷かれた。
生徒たちは寮や自宅での待機を命じられる。
(学院が、悪夢に染まる……か)
カプノスは屋上で、下校していく生徒たちを眺めた。
この中にも、きっとまだ潜んでいる。
怪能に目覚めながら隠しているのか、それともまだ覚醒していないのか。
まだ見えぬ脅威に、硬い姿勢になりつつも、カプノスは静かに夜を待った。
やはり、ルヴィアとの交戦は避けられないだろう。
あの瞳は《《立ちふさがるものはどんなものでも圧し潰す》》という覚悟と決意の現れ。
そういう証を宿した瞳だ。
「よっ! 考えごとか?」
「……寮に戻らなかったのか。うわ、お菓子ばっかだな」
「腹ごしらえのために買ってきた」
「戦いになるだろう。あまり食いすぎるな」
「アンタも食う?」
「わたしには必要ないよ。もうそういうのも食べれない」
「食べれない? その言い方だと、アンタ元人間?」
「そうだね。もう全然記憶もないけど」
「記憶ないと不便じゃないの?」
「そうでもないさ。しょせんは夢の中を歩くだけだからね」
「ふ~ん」
傍でリーネットが菓子を食う中、カプノスはついにその姿を見つける。
「おい、どうやら現れたらしい」
「んん~? へえ、深夜0時ピッタリとは律儀じゃねえか」
「奴の力は侮れない。しばらく様子見を」
「いや、アタシは行く!」
「……そう言うんじゃないかって思ってたよ」
「アンタにゃ早撃ちがあるだろうが。イケるッて大丈夫大丈夫」
「ハァ」
ふたりはグラウンドまで降り立ち、こちらを認識し視線を向けるルヴィアのほうへと歩く。
近づくにつれ伝わる邪悪な大気の震えに、カプノスは硬い顔を、リーネットは舌なめずりをした。




