第17話「ラナフィー再び」
「夢の中の世界では見られない光景でしょう?」
「さぁね」
「隠す必要などもうないのに」
「なんのことだか。それよりもいい場所だね。うん、景色も星もよく見える」
「気に入っていただけましたか?」
「……今度は本当のボーイフレンドと眺めることだ」
ロベリアが背中に手を添えようとしたのをかわすように、身体の向きを変えて別のところを見に行った
それ以上彼女はちょっかいをかけてはこなかったので、話題を戻す。
「実験棟のことについて知りたい」
「はぁ」
「あそこでなにがあった? 教員や教授たちも最近は口が硬くてあんまりいい情報が拾えない」
「あぁ、その件ですね。少々遅れましたが、箝口令が敷かれていますので、独り言でも難しいでしょう。もっとも、全員が詳しく把握しているわけではないらしいですが」
「厳重だな。国を揺るがしかねないことをやらかしたようだが?」
「10日ほど前ですが、精神系の魔術によるプロテクトが全教員に義務付けられました。尋問・拷問ですら、もう聞きだすことは難しいでしょう」
「詳しいね。なぜ君が?」
「プロテクトがどうあれ、学院治安部は小さな綻びがないかを調べるのも仕事ですので」
「学生が教師の監視をしているのか。世も末だ」
「ええ、まったく」
「でも君はまったくそうではないらしいな」
「無論、我々にもプロテクトがかけられていますが、残念ながらワタシは魔術を受け付けないんです。かけられている感覚はあるのですが、それを無視できるというか」
「君の怪能がそうさせるのかな?」
「さぁ、もしかしたら、怪能の持ち主は全員そうなのかも」
「なるほど、貴重な情報だな。話を戻そう。当時、実験棟を使っていたのは誰だ?」
「いいでしょう。あの実験棟を使っていたのは、メイリー・アンソニーという女性教授です」
かなりマッドな気質であったらしく、たびたび度を超えた実験を行っていたらしい。
特に最近は『夢』にまつわる研究を行っていたようだ。
知識・技術・イメージ。
魔力を操るのは大体この3つとされている。
特にイメージの力を制御するのは精神の安定さと強靭さだ。
しかし、そこで彼女は考えた。
夢とイメージはなにが違うのだろう、と。
もしも夢の持つ力を掘り起こすことができれば、魔術に新たな道が生まれるのではないか。
狂気の女教授はそう考えたらしい。
カプノスは舌打ちを禁じ得なかった。
夢の世界から出てきた原因があまりにもしょうもなかったから。
「ほかに、そいつはなにかやらかしてないか?」
「ふたつありますけど、教えません」
「ん、なんで?」
「ワタシについてくれるなら、お教えします」
「……自分で調べる」
「無理ですね。この件はより政治的に重厚なものになりますので」
「隠したくて仕方がない不祥事か」
「バレればただではすまないでしょう。おそらく死人が出てもおかしくはない」
その言葉に帽子を深く被り、一度辺りの光をさえぎった。
彼の見開いた瞳には、怒りに近い感情が渦巻いていた。
「うふふ、気になりますよね? 気になりますよねえ? いいんですよ? ワタシについても」
「……」
「あ、ウソついて情報を聞き出しますか? ワタシにつくと思わせておいて裏切るとか」
「そういうことはしないよ」
「ワタシは別にいいですよ? そういう弄ばれ方。アナタにならされてもね」
報復しないと言わないのがまた恐ろしい。
微笑みをたたえながらなので、余計に際立つ。
しばらく黙っていると、ロベリアのほうから話題を変えてきた。
「あの娘には会えましたか?」
「会えたというか、自分から会いにいったというか」
「それはそれは」
「警告しただけだ。しばらくは大人しいだろうね」
「果たしてそうでしょうか?」
「心当たりでも?」
「ふふふ、意外に鈍感さんなんですね」
放せば話すほどにからかわれる。
いい加減嫌になってきたカプノスは、そこで切り上げた。
「もう行くのですか? もっと一緒にいたいのに」
「有意義な時間だった。君からの情報は大切にするよ」
「ねぇ、次はいつこうして会えますか?」
「……君が必要になったら声をかけるよ」
カプノスは彼女を残し、屋上から出ていった。
そして足早に階段を降りて、無作為に校内を歩き回る。
どうやら後をつけられてはいないようだ。
だが、たまに身を隠したりしないとまた見つかってしまいそうで、首裏がうずく。
やがて夜が明け、気も休まらないまま校内へと入ってくる生徒たちを拝んだ。
「少し歩くか……」
グラウンドへ出て朝の散歩。
なるべく人のいない方へと向かっていくと、
「あ、おじさま~♪」
「ゲッ!」
「ちょっとぉ、女の子に向かってそういう顔するの、良くないと思いまーす」
昨日の今日でまた敵と出会ってしまった。
ラナフィーはニコニコとしながらカプノスに近づく。
「こんなところで優雅にお散歩だなんて、キャー! 映画の主人公みたいですね!」
「どういう例えだよ。君、授業なんだろ? さっさと行きなよ」
「ん~、気が変わっちゃいました。今日はおサボりして、おじさまとデートしちゃいまーす!」
(うそだろ?)
「もしも断るのなら~。うふふ、どうしちゃおうかな~。うっかり誰かを殺しちゃうかも♪」
「……いいだろう」
そろそろないはずの胃袋に穴が空きそうだった。
リーネットとルヴィアに出会う前に、こうして捕まるのは、今思えばなんとも情けない。
一方的に話しかけてくるラナフィー。
それらを流しながらカプノスがやってきたのは、見覚えのある場所だった。
「ここは……」
「あれれ? 知ってるんですか?」
「聖堂だろう。最強の魔導師の聖像が祀ってあるって……」
「……ふふ♪」
ほんの一瞬、ラナフィーの声のトーンが落ち、周囲の雰囲気が変わった。




