第15話「ラナフィー」
怪能の持ち主である1年生は、昇降口とは別の方向を歩いていた。
誰かに見つかっても、「職員室へ提出物を」と言えば怪しいことなどひとつもない。
目的はその階の窓から見える生徒会室のドア。
そこからロベリアを観察したい。
昇降口で騒ぎが起きれば、彼女はどんな顔をするのか。
気に入らないあのすまし顔をいつまで続けられるか。
本人からすれば、これは高みの見物。
なのでほくそ笑みながらゆっくりしていた。
そんな彼女を陰から見ていたカプノスとルヴィア。
「あれが、そうだね」
「先生、射程範囲内です。やっぱり観察なんてやめて痛めつけましょう」
「君までリーネットみたいに言うのやめてくれ」
「先生、私とあの女をわけて考えてくださるんですね。嬉しい……」
「そうか。じゃあこのまま観察を続けるよ」
「はい。……それにしても、動きませんね」
「ロベリアの反応を見てるのか? 相当根に持ってるな」
「先生のおっしゃることが本当なら、あの娘はロベリアさんへの当てつけのために無実の人を……なんて邪悪な」
「あの、君も人のこと言えないからね? 一応」
「私は復讐です。一緒にされるのは先生と言えど心外です」
「いや、そんな頬を膨らましても。ああ、いいや、もう」
あの怪能の持ち主は、また仕掛けたらしい。
カプノスでも容易に見当がついた。
(もしかして、また昇降口に仕掛けたのか? だとしたらリーネットがなんとかしてるころだろう。作戦は失敗に終わったな。そろそろ慌てる頃合いか?)
予想は当たった。
腕時計を何度見ている。
窓から外を眺めたりして、周囲の状況を確認していた。
これには怪訝そうな顔をしながら、動きを見せる。
遠回りだが、昇降口まで歩き始めた。
ふたりは彼女に気取られないよう後をつける。
たどり着いた先で、その少女は下駄箱を回り始めた。
「あの少女、まさかとは思うが、まだ下校してない生徒の下駄箱の中に仕込む気じゃないだろうな」
「どうします先生」
「ここで変にまたやられるのはな」
ターゲットを確認したことで、当初の目的は完了している。
これ以上は踏み込まず、作戦を立てるために引き上げるべきだ。
しかし、カプノスは足を後ろにいかせることができなかった。
もしも隣にいるのがルヴィアでなく、リーネットだったら……。
ふとそんなことを考える自分がいた。
それに、昇降口で事件が起こらなかったのはリーネットが止めたからだ。
自分はこれでいいのか……。
それが判断を鈍らせてしまったのかもしれない。
「ルヴィア、君はここに」
「先生?」
「彼女と話してくるよ。ちょっとした警告をしなきゃね」
返事を待たずに彼は向かった。
「君かい? カミソリレターだの、本にカミソリを挟むだのしてたのは」
カプノスの声に一瞬彼女の身体がこわばる。
彼女は視線を横に向けると、壁に寄りかかるようにしてそこに立っていた。
「ゆっくりとこっちを向くんだ。この体勢からでも、君の額に弾丸をブチ込むのは簡単だ。君に言っておきたいことがあってね」
怪能の持ち主は言われた通りにする。
長い髪をツインテールにまとめた小柄な少女。
カラフルなものが好きなのか、髪留めやイヤリングの色合いがキラキラとして眩しい。
カプノスと目が合うと、満面の笑みを浮かべてみせた。
「わぁ、映画から出てきたみたいな人! カッコイイ!」
「イカしてるかい? 褒められると嬉しいね」
「ラナフィーちゃんに~、会いに来るなんて、なになに? 愛の告白されちゃうのかな~?」
「愛じゃあない。君にこうして会いに来たのは不運の巡り合わせさ」
「そのセリフ、ますます映画みたい! キャー☆」
この感情の豊かさに面食らう。
どこからどう見ても等身大の女の子という感じなのだが、あまりに自然な所作でこちらがその勢いに飲まれてしまいそうだった。
(まったく邪念を感じない。自分が攻撃されるかもしれないという恐怖も……異様なんてもんじゃないぞ)
リーネットとルヴィアと比べることで、余計に存在感が浮き出る。
密かにグリップに手をかけるも、それに気づいていないかのようなフリで彼女は続けた。
「私、ラナフィー・スノウドロップでーす! おじさまのお名前は?」
「ミスター・カプノス。そう呼ばれている」
「カプノスって……もしかして都市伝説の? アハハ、おじさま面白~い」
「君に警告をしにきた。今すぐにカミソリでの攻撃をやめてくれないかい?」
「なんでそれをラナフィーちゃんに言うんですか~? なんのことだかわかりませんよーだ」
「あれ、気がついてないのか? 君、傍から見れば独り言言ってるようなもんなんだよ?」
何人かがラナフィーを見ながら下校していく。
彼らからしてみれば、演劇の稽古にでも見えただろうか。
どちらにしても異様。その雰囲気を感じ取り、ラナフィーは察した。
「ふ~ん……」
「また君とは話すことになるだろう。そのときまで大人しくしてくれているとありがたい」
「約束してあげませーん」
「警告は、したぞ」
ラナフィーは軽口の裏である種の屈辱を味わっていた。
この最高の力を前にビビらないどころか、面と向かって警告までしてきた。
しかも、弾丸をブチ込むというのもハッタリではない。
都市伝説を名乗る得体の知れない男に、ロベリアのときと似た執着が生まれ始める。
踵を返し、去っていくカプノスの背中を見ながら、ラナフィーは一旦その場を退いた。
「すまない、待たせた」
「大丈夫でしたか?」
「しばらくはなにもしないだろう」
「そう、ですか」
「リーネットを探そうか」
「は、はい」
「まぁ、探さなくてもわかりそうなものだが……ホラ、あっちが妙に騒がしい。行こう」
余計なことしたかな、と密かに思いながらもカプノスの足取りは少し軽かった。




