第13話「犯人は1年生」
イスはふたつある。
ひとつはカプノス、その左隣に座るようにロベリアは腰かけた。
「やっとこうしてお会いすることができましたね」
「君とは初対面のはずだが」
「ずっと見ていましたよ。ずっと」
「なるほど、いつでも首を取れたわけだ」
「つい最近ですよ」
「君なのか? カミソリレターを送っているのは」
「まさか。別の娘ですよ」
「その言いぶりだと、知ってる感じだな」
「ええ、なんてったって……彼女の最初のターゲットがワタシなのですから」
「君が?」
「ですがワタシはその、怪能? というので事なきを得ました。それ以来目の敵にされています」
「だが、ほかに被害が出ているぞ?」
「見せつけているのでしょう。"お前のせいで余計な犠牲が生まれているぞ"って」
「なんだ。じゃあとっくにデモンストレーションは済んでるってワケだ」
「いえ、そうではないようです。彼女は試行錯誤してなんとかしてワタシを殺そうとしています」
「その娘は、君が怪能の持ち主と知ってるのかな?」
「いえ、おそらく知らないでしょう」
「なんで反撃しない?」
「可愛らしいから、でしょうか」
「なんだって?」
「健気じゃないですか。永遠に届くはずのない目標に、こんなに必死になっちゃって」
にこやかに微笑むロベリアに悪意や邪念はなかった。
いや、むしろ暇つぶしにすら映っている。
同じ怪能を持つ者とは思えなかった。
怪能とは別の、もっと得体の知れない気配がそこにある。
怪異そのものであるカプノスですら、背筋が凍るほどの。
「とはいえ、学院治安部の部長としての仕事もせねばなりません。探してるフリくらいはしないとね」
「授業、サボっていいの?」
「たかだか数回授業に出なかった程度で成績を落とすような者は、それこそ学院治安部には必要ありません。それに、ワタシは基本的に論文作成に打ち込んでいますので」
「大したエリートだな」
「恐縮です」
「できれば今回のカミソリレターの娘を教えて欲しいんだが」
「ヒントを差し上げます。1年生です。とっても可愛い女の子ですよ」
「……情報ありがとう。とても有意義な時間だった」
「おっと、逃がしませんよ」
「邪魔者は消そうって魂胆かい?」
「まさか。ワタシはアナタと一緒にいたいのですよ」
嘘ではないところが余計に恐ろしい。
断るなら暴れてやるぞという意志すら感じられた。
場所を変えようと提案してきたのは、ロベリアだった。
今は彼女についていくほうがいいかもしれない。
場所は学院用地の隅にある聖堂。
かつて最強と謳われた魔導師の聖像が奥に祀ってある。
「ご覧ください。彼女こそ人類の至宝。ワタシが最も尊敬しているお方です」
「なるほどね。それに静かな場所だ。確かに落ち着けるが……」
「気に入りませんか?」
「神聖な場所は、わたしには合わないよ」
いくつものロウソクの灯りが壁を伝い、天井まで薄っすらと延びる。
それを見上げながらロベリアとの距離を開けた。
「あの娘、リーネットはどうですか?」
「今日も元気に授業をサボっているよ」
「そういうことではありません。アナタの足を引っ張っていないかという質問です」
「いいや、頼りになる少女だ」
「本当ですか?」
「やけにこだわるね」
「彼女の粗暴っぷりにウンザリされているのではないかと思いまして」
「驚きはするけど、最近は慣れた」
「そうですか……」
聖堂の暗がりにいる彼女の周囲の気配が、一瞬変わった。
コールタールのようにどこまでも暗く、ドロリとしたなにかに。
「ねぇジョン・ドゥさん。ワタシにつく気はありませんか?」
「なんのマネだ?」
「はっきり申し上げますが、ワタシは超強いです。リーネットさん以上の行動力と情報網を駆使すれば、速攻で事態を片付けることができるでしょう。1年生の娘だって差し出します」
急に言葉に熱がこもりだした。
敵意ではない、ある種の情念とも言える色合いが、彼女の顔に満ちる。
「正直言うと、君、一番頼りになりそうだ」
「恐縮です」
「だが、断るよ。わたしは今、彼女と手を組んでいる。わたしに協力してもらってるんだ。無理を言ってね。ここで裏切るのはいい大人のやることじゃない。あっちも乗り気だしね」
「……そんなことを言っている場合なのですか?」
「そんな場合じゃないね。気に入らないかもしれないが、これはちょっとしたくだらないポリシーなのさ」
ロベリアの表情から先ほどまでの気配が消える。
最初に出会ったばかりの、美しく整った雰囲気に戻った。
「そうですか。残念でなりません。ワタシを選ばなかったこと、後悔しますよ」
「胸にとどめておこう。でも、君も狙われているのなら、協力はできそうだけど、そこらへんどう?」
「結構です」
「機嫌を損ねてしまったかな」
「そうではありません。……もうひとりの怪能の持ち主が、少し厄介そうなのです。彼女もワタシに標的を向けていますので」
「もう当たりをつけているのか?」
「教えてあげませんよ? ワタシにつくのなら別ですが」
「わたしにこだわっているのか、それともリーネットにこだわっているのかわからないな。……彼女と知り合いなのかい?」
「大昔にね。……さて、貴重なお時間を頂きましてありがとうございました。お陰で楽しいお話が聞けました」
「光栄だ。最後にひとつだけ」
「なんでしょう?」
「君はリーネットのなに? 他人とは思えないんだ」
「……あの娘は覚えているかわかりませんが、孤児院が一緒なんです。言わば姉みたいなものですよ」
「姉……それはまた奇縁というべきか」
それ以上彼女は答えず、聖像をずっと見ていた。
カプノスはさっさと聖堂を出ていった。
少し離れた建物の陰へ行き、中腰の姿勢で息を荒くしていた。
ただ対峙し、会話をするだけでこの圧力。
怪異そのものであるカプノスを圧倒するほどの力を、ロベリアは秘めていた。
今、リーネットと出会わせるべき相手ではないというのが結論だ。
「下手に刺激はしない方がよさそうだ。少なくとも、ロベリアは最後がいいだろうね」
あれは完全なバケモノだ。
怪能を持ちながら自我を保ち、何事もなく日常を謳歌している。
だが、ふとした瞬間に見せるあの静かな獰猛さは、それだけでも人間を超えていた。
「……イカンイカン。情報を持ち帰らないとね」
カプノスはルヴィアのいる保健室へと足を運んだ。
あそこにいれば、リーネットもひょこっと顔を出すだろう。
進展は確かにあった。
あとは、その1年生を探すだけだ。




