第12話「ロベリア・ロベリア」
「で、おめおめ逃げてきたってわけか」
「リーネットさん。先生をそういう風に言うのはやめてください」
「別にそいつに言ってねえよ。ただ、アンタがいながらって思ってさ。ちと買いかぶり過ぎたか~?」
「喧嘩売ってるんですか?」
「目ぇ離して油断しまくってたアンタに言われてもねえ。説得力がな~。デートで気が緩んだか? わっかりやすいねえ。アンタ浮かれそうだもん」
「…………」
ほくそ笑むリーネットと静かに青筋を立てるルヴィア。
向かい合うふたりの空間が、ミシミシと軋む。
怪能のエネルギーからなる影響なのか。
それとも女の情念が成せる覇気なのか。
「ふたりとも、言い争いはよそう。わたしが油断した。軽率だったんだ」
「先生、そんな」
「そうだよ。コイツ庇う必要ねえって」
「だぁもう! ナチュラルに相手を煽るのやめろ! いいか、必ず奴を見つけるんだ!」
「はいはいわかったよ。しかしカミソリかぁ。ますますアイツの言うとおりだな」
「なにか情報を掴んだらしいね。聞かせてくれ」
「おう、そいつ曰く、カミソリレターだってよ。なんか昔流行った嫌がらせ方法らしいぞ」
「カミソリレター? カミソリレター……なるほど、脅迫や恐怖を与える手段か。怪能らしいおぞましい力だ」
「先生、どういうことです? カミソリレターで、斬撃を浴びせるという技なのですか?」
「かもしれない。少なくとも便せんだけではなくなった。小包でも本でも、おそらく別のものでも可能だろう」
「面白いじゃん」
「そう言えるのは君だけだぞ? 問題はどうやって見つけるかだ。こういうことをするから、きっと近接に持ち込めば勝てるかも」
「コソコソ隠れてんじゃしゃーない。隙を見せるまで待とうや」
「あのね~、そうする間にもわたしが帰れないんだが?」
「短期決戦ばっかじゃねえだろうよ。それに、こういうタイプはすぐに調子に乗ってリスクの高いことをやる」
「なにを根拠にそれを言ってるんです? 犯人の行いはかなり巧妙に見えますが。そんな油断をするでしょうか?」
「忘れたのか? アタシら怪能の持ち主は、誰かを傷つけたくて仕方のねえロクデナシだ。ロクデナシがずっと計画通りにいくかよ」
「納得できたような、できないような……」
「すまないね。リーネットはずっとこうなんだ。……だが君の言うとおりかもしれない。急いては事を仕損じるとも言うしな」
「おう、アタシもたまにはいいこと言うだろ?」
認めるよ、と言いながらカプノスは帽子を深くかぶる。
「ならばこちらはこちらでやれることをやろう」
「なにやるんだよ」
「これはルヴィアとも話したことだが────」
まず保健室でルヴィアと話したこと。
そして、彼が考えたふたつの対策をふたりに詳しく説明した。
「────と、いうものだ」
「絶対上手くいかないだろそれ」
「早速言ってくれるね。これでも頑張って考えたんだぞ」
「アンタさ、ウソつくの下手って言われない?」
「そういう記憶はないが、うん、きっと下手なんだろうね」
「アタシは別にどうでもいいけどさ。手伝えってんならそうするよ」
「私も頑張ります」
「ううん、どうも策士にゃ向いてないようだ。だが、いくらかは効果あるとは思う。こんな不可思議なことが起きまくってんだ。皆注目するだろう」
「いつの時代も……オカルトは目を引くからな」
リーネットはスマホをいじり始めた。
カプノスは彼女が《《それ》》を終えるまで待った。
終わると疲れたようにリーネットは首をうしろに傾け、またブラブラと歩いていく。
カプノスもルヴィアを保健室まで送ったあと、自分もひとり歩きだした。
気がつけば雨が降ってくる。
雨に濡れることはないが、グラウンドや校庭へ出る気にはなれない。
仕方なくまた廊下を歩く。
ガラスを叩く音と揺れる木々を鬱陶しく感じながら、落ち着ける場所を探した。
廊下と教室。
建物の中なのに、もはや別々の隔絶された世界のように感じる。
ガランとした教室や、今まさに授業中の教室。
壁越しにしか雰囲気がわからないが、そこには大なり小なり思念が宿っていた。
少なくとも、感じる範囲では怪能の気配はない。
そう簡単に見つかるものではないと思い、カプノスは踊り場にある古イスに腰かける。
足を組んで、目を閉じた。
安楽だが、心のざわめきはおさまらない。
雨音とともに、どこまでも不安が着いてまわる。
そんなとき、ふと誰かが階段を上ってくる音が聞こえた。
気にはしない。
自分はいないものと同義だ。
だが、踊り場で足音は、止まった。
「…………」
「お疲れのようですね」
「そうなんだよ」
「先行き不安って顔です」
「さすがだね」
「ワタシになにか力になれることはありますか?」
「そうだな。じゃあ」
ゆっくりと右手が銃のグリップに添えられる。
「もう一歩だけ離れてくれ。右後ろ。そこが一番狙いやすい」
「クス、怖がらなくてもいいですよ」
「怪能の持ち主だね?」
カプノスは目を開き、その人物を捉える。
真っ赤な髪と腕章が特徴の女子生徒が、そこにいた。
濃すぎる金色の瞳にカプノスは映らず、その微笑みも仮面のように美しい。
「生徒会学院治安部長。ロベリア・ロベリアです。ふふ、面白いでしょう? 家名と名前が同じなんです」
「……ジョン・ドゥ」
「違うでしょう? アナタの名前はそんなんじゃない」
「気に入らないならそのまま回れ右するか、怪能をこっちに渡してもらうかどっちかにしてほしいね」
「回れ右したら、アナタ撃つでしょう?」
「さぁね」
「……少し、お話ししませんか?」
「理性的で助かる。騙し討ちでないことを祈るよ」
偶然出会った怪能の持ち主と、奇妙な会話が始まった。




