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第11話「罠」

 保健室の窓から差し込む陽光は、微細な量の埃を視界に映した。

 穏やかな時間の流れの象徴とも言える。


 目の前に自分を倒し、自分を諭し、自分を気にかけてくれた人がいる。

 周囲の異性とはまたひと味違う、別世界からやってきた大人の異性。


「嬉しいです先生。こうしてひと時を過ごせるのですから」


「それは光栄だ。で、最近はどう? 怪能で騒ぎを起こしてないみたいだけど。コントロールできているのかい?」


「先生と出会って、私変わったんです。あんなにも真っ暗な気持ちだったのに、今はとっても晴れやかなんです。先生には本当に感謝しています。本当です。先生は、命の恩人です」


「待て待て待て。そう興奮しないで。落ち着いて話そう」


「はい、先生がそうお望みなら」


 数分、雑談交じりに今後のことを話す。

 まず、今回の怪能の持ち主探しに関して、ルヴィアは快く協力すると言ってくれた。

 最初の被害者はルヴィアの同級生。


 死者はまだいないとはいえ、怪能で加害を行う者同士。

 色々と思うところはあるのだろう。


「それにしても厄介な相手だ。勇気を出してラブレターを出そうとしてる生徒かたしたら、とんだとばっちりだろうが。なぁんて……」


「今どきラブレターなんて誰も書かないとは思いますが……」


「え、書かないの? 皆文通とかしない?」


「あんまり聞いたことないですね」


「そっか~、時代だなあ」


 どのタイミングであれ、怪能に目覚めてまだ間もないはず。

 しかしリーネットが暴力に慣れているように、相手もまた手慣れているように感じた。


 雑談交じりによぎる感覚を顔に出さないよう、ルヴィアとの会話を続けた。

 

「ところで先生、さっきの続きですが……」


「うん、外部機関からの捜査が本格化する可能性だね」


「もしそうなってしまったら、色々調べられてしまいますね」


「報いとはいえ、金持ちの息子を殺してしまったからね」


「ハァ」


「だが、そうだな。わたしはこの時代の国が行う捜査が、どのレベルのものなのかわからない。しかし少なくとも、怪異の大部分を解析できるほどの影響力はまだないと見える。だから外部が入り込んだとしてもしばらくは大丈夫だ」


「つまりまだ余裕があると?」


「万が一、君たちが関わっていると疑いの目を向けられたら、動きづらくなる。なんなら捕まってお互い一気にバッドエンドに直行だ。避けたいがこれに関しては賭けだ。だが少しでもダメージを低くすることはできる」


「なにか得策が?」


「得策と言えるほどじゃないし、効果があればいいなくらいなものでしかない。非現実なわたしが、現実世界に及ぼせる影響はあまりに小さいんだ」


 この話はリーネットがいるときに話すと付け加えた。

 

「クス、先生って優しいんですね」


「自分のためにやってるだけさ。わたしは帰りたいんだ」


「……ちょっと寂しいですね」


「まだ出会って全然経ってないじゃないか。まぁ、お世辞でも嬉しいよ」


「お、お世辞なんかじゃないです。アナタだけなんです。私を、ありのままを見てくれているのは。やっと出会えたのに、お別れの話なんて、ちょっと」


「そう思う必要はない」


 カプノスはあくまで淡々と答えた。


「だがまぁ、帰るまでの思い出作りくらいは、いいかもしれないね」


「先生……」


「あまり期待はしないでくれ。女性とそういう風にするのはまったく慣れてない」


「クス、先生でもそういうことを言うんですね」


「わたしは一匹狼なのさ」


「じゃあ、善は急げですね」


「どうするんだ?」


「一緒に図書室へ行きませんか? 図書室デートです」


「おいおい、保健室でズル休みしにきたんじゃないのかい?」


「それもいいですけど、先生と歩きたいです。ほんの数分だけ席を外すだけですよ」


「教員に見つかっても知らないよ」


 保健室を出る前、ルヴィアは置手紙を机の上に残した。

 図書室のある別館までの廊下は、時間帯もあってか誰もいない。


 リーネットとは違い、落ち着いた雰囲気を持ち合わせるルヴィアはカプノスの隣で満足そうに微笑んでいた。


 カプノスも余計な緊張はしなくてもよい。

 むしろ安心すらしていた。


 図書館にはチラホラと他の生徒がいた。

 おそらくは特定の授業を免除されたエリート。


 個々の論文や研究のための資料集めで訪れているのだろう。

 魔術を扱う学院ならではの光景、らしい。


「先生はどんな本が好みです?」


「そうだなあ。君の好みに任せるよ。なんでもいいよ。料理でも裁縫でも、小説でも」


「そ、そうですか。では……」


 ルヴィアが本を選んでいる傍で、カプノスは周囲を見渡す。

 誰もが真剣にテーブルにかじりつくさまに、不審な点は見られない。


 魔導書や魔物の図鑑を広げて、ペンを紙面に走らせる姿は魔導士というよりも締切に追われる文筆家にすら見えた。

 エリートではあるが、そこまで優雅ではなかった。


(……あれ? 本が落っこちてる。ダメだろ。ちゃんと元に戻さなくちゃ)


 観察しているその視線上で見つけた本。

 カプノスはそれを拾ってみると、妙な違和感があった。


「あれ? なにかページに挟まってる。しおりじゃないな」


 開くと、


「なに、これはカミソリッ!?」


 ザクザクザクザク!!


「え、先生? 今の音、なんです?」


 不可視の斬撃がカプノスを襲った。

 腕や腹、首筋までも斬られていたが、異界の者である彼に血はない。


 純粋なダメージが彼の膝をつかせる。

 あのときのように、カミソリが煙のようになって消えた。 


「……い、いや、心配ない。どうやら、奴のようだ。本のページに、カミソリが挟んであった」


「まさか、怪能の持ち主が!?」


「なにかの中に入ったカミソリは、きっとトリガーなんだ。カミソリを見た人間を切り裂く」


 ルヴィアの表情が怒りと焦りで険しくなる。

 それを手で制するカプノスは素早く周囲を見渡した。


 もしも近くにいるのなら、見ているはず────。


「クソ、全員が怪しく見えてくるな。だが、怪能の気配はない。全員シロか?」


「この際全員落としましょう先生。まだるっこしい。隠れている人間がいるのなら、そいつが持ち主です」


「早まるな。それはマジでやめろ。……ハァ、わたしは大丈夫だから、一旦引き上げるんだ」


「先生がそうおっしゃるなら……」


 ふたりは足早に去っていく。

 怪能の持ち主が、また生徒をターゲットにしたのか。


 手口がより巧妙になっている。

 残忍さと狡猾さの中に、奇妙な美学を感じた。


(リーネットと合流しよう。今回のはかなり厄介だ。理由もなく人を傷つけることに、一切の躊躇がない。なさすぎる)


 姿の見えない犯人に、カプノスは苦い顔をする。

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