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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第三部 ディアギレフ帝国編
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91話 奪還作戦


続 モニカ視点





「ちょっと、モニカちゃん。その疑わしいと言わんばかりの目は何かな~?」


「……信用できませんから」



 私は内心げんなりしながら、灰猫を見上げた。



「マリーには報酬を貰う契約もしたし、俺は君の味方だと思うけど?」


「……どのような契約内容なのですか」


「それは秘密。ただ手を貸して欲しいって言われただけー」



 のらりくらりとはぐらかす灰猫に苛立ちが募る。

 しかし、軟派男でも折角現れた巧妙の光だ。冷静に判断しなくてはいけない。



「それって、基準が曖昧ではありませんか?」


「そうだねぇ、俺基準だねぇ」


「契約がどこまで履行されるのか、貴方の価値観次第というのは些か信用に欠けます」



 ズバリと私が言うが、灰猫は笑ったままで眉一つ動かさない。

 先ほどまでの恐怖心を忘れ、私は一歩前に踏み出した。



「……灰猫さんは、どこまで手を貸してくれるのですか?」


「んー? 俺の気のままに――って、そんなに怒らないでよ。大丈夫、お嬢様を助けるのは協力するから。元々、会ってみたいと思っていたし」


「……ジュリアンナ様にですか?」



 訝しげな視線を送ると、灰猫は笑みを崩さず――しかし、酷く凍えた声で淡々と話す。



「うん。だって気になるでしょう? 俺と同類だと思っていた黒蝶に首輪を嵌めるなんて、どんな手を使ったのか気になるし。俺さ、忠誠なんて馬鹿らしいと思っているんだよね」


「私はそうは思いません」



 ジュリアンナ様は私に、貴族としてアントルーネ家の復讐を遂げさせてくれた。

 一生働いても返しきれない恩があると思っている。



(私は首輪なんて嵌められた訳じゃない。ただ、お側にいて役に立ちたいと思っただけ)



 忠誠とは、灰猫の思い描くような堅苦しい気持ちではないと、私は思っている。



「それは君が貴族の生まれだからでしょ。貴族は生まれながらに国のしもべだ。だけど、暗殺者は忠誠なんて縁遠い世界で生きている。誰かのために死ぬなんて、誰かのために殺す俺らには無縁なことのはずなのに……」



 灰猫は初めて表情を崩した。

 彼の瞳は、酷く寂しそうな色を灯している。

 やっと人間らしい表情を見せたと思ったが、すぐに元の薄気味悪い笑顔に戻ってしまう。

 


「さて、モニカちゃん。お嬢様奪還作戦のお話をしようか」



 その後、私の前で灰猫が表情を変えることはなかった。



 




 灰猫との話し合いの結果、私がルイス家へと彼が侵入しやすいように取り計らい、その後、夜の闇にまぎれてジュリアンナ様を奪還するという作戦になった。

 灰猫の暗殺者としての能力を活かした、堅実な作戦だろう。

 しかし、私は無事にルイス家へと侵入した灰猫へジトッとした視線を向ける。



「……なんで侍女服なんですか」



 灰猫は何故か侍女服を身に纏っていた。

 作戦には一切関係がないはずである。……だぶん。



(……変態ですね)



 灰猫を侵入させるために、私は何事もなかったかのようにお遣いを済ませ、仕事をしながらさりげなく使用人棟の窓の鍵を開けたり、見張りの巡回時間を調べたりしたのだ。

 それは断じて、この軟派な暗殺者に女装させるためじゃない。

 彼は侵入した後、リネン室から一番大きな侍女服を盗みだし、私の部屋でそれを喜んで着ているのだ。もうやだ、この軟派野郎。



「俺って、形から入る性質なんだよね。君のお嬢様だってそうだろう?」


「答えになっていませんし、ジュリアンナ様を一緒にしないでください!」



 灰猫の侍女服姿はどう見ても、男が酒の余興で女装したようにしか見えない。

 肩幅があり、服もぱつぱつでボタンが弾けそうだ。

 ジュリアンナ様とは完成度が違いすぎる。



「侍女服の構造って気になっていたんだよね。……もしかして、俺のこと変態だと思った?」


「……そう思わないでいられるとでも?」


「失礼だなぁ~。実際に侍女服を着ることによって、どの位置に武器を忍ばせ攻撃しやすいかを調べるんだよ!」



 灰猫は口を尖らせてながら、くねくねと身を捩らせた。

 靡くスカートからチラチラと下着が見えて、ますます私を不快にさせる。



「……なんで鏡の前でポーズをとっているのですか?」


「俺って、なかなか可愛いと思わない?」


「思いません!」



 そう叫ぶと、猫がジャンプするように一足で灰猫が私との距離を詰める。

 人差し指を口元に当てて静かにするように彼が促すと、廊下から人の足音がいくつも聞こえた。



「……さすがはルイス侯爵家。もう、俺が侵入したことに気がついたみたいだね」


「え!? それでは闇に紛れてジュリアンナ様の部屋に潜り込む作戦が……」


「正面突破にしようか!」


 焦る私に微笑むと、灰猫はくるりと指を回しながら歌うように言った。



「ちょっと、貴方は暗殺者でしょう!? 少しは忍んだらどうなんですか……!」


「やだなぁー。目的を果たすのに、課程は重要視しないんだよ。結果がすべて。殺しちゃえば、証拠隠滅は後でもできるし」



 そう言うと灰猫は勢いよく扉を開け放つ。

 廊下には見慣れた使用人仲間たちが、見慣れない武器を構えて待ち構えていた。



「みんな仕事熱心だね~」



 灰猫が呟くのを合図に、一斉に使用人たちが襲いかかる。

 しかし、彼がパチンと指を鳴らすと頭上から大きな網が降ってきて、使用人たちに絡みつく。

 どうやら、事前に罠をしかけていたらしい。


 そして彼らがもがいている間に廊下を進み、ジュリアンナ様の部屋へと走り出す。



「こういう狭い場所は俺の得意な戦場なんだよねぇ~」


「ちょっと、何してくれてるんですか! これでは明日から、先輩たちの私への当たりが強くなってしまいます!」


「ええー。モニカちゃんはお嬢様を助け出すことよりも、保身が大事なのぉ?」


「ううっ……分かりました!」



 私は覚悟を決めて懐から痺れ爆弾を取り出すと、それを追いかけてくる使用人たちへ投げつけた。

 爆竹が弾けるような爆発音と共に、使用人たちが倒れていく。

 痺れが効き過ぎているようで、彼らは目を見開き舌を出しながら硬直し、こちらを恨めしそうに見ていた。



「うわぁ……。モニカちゃんって意外とえげつないね」


「貴方には言われたくありません……!」



(あ、あんなに効くとは思わなかったんです……! ごめんなさい!)



 私は涙目になりながら、ひたすら走った。

 立ちふさがる使用人たちは、灰猫が糸のような武器で絡め取り行動不能にしていく。

 軽い口調とは裏腹に、灰猫は強かった。


 ジュリアンナ様の部屋の前にいた護衛を蹴散らすと、私は倉庫から持ち出したハンマーで錠前を叩き壊し、扉を開ける。



「ジュ、リアンナさまっ!」



 息も絶え絶えに主の名前を叫ぶ。

 汗で額に張り付く前髪を払い、部屋を見渡す。



「あら、モニカ。やっぱり来てくれたのね。……あともう少しだけ待ってくれる?」



 ジュリアンナ様はぷるぷると手を震えさせながら、今、まさにトランプタワーの最上部を作り終えようとしていた。









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