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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第二部 サモルタ王国編
78/150

72話 もうひとりの継承者


本日、「侯爵令嬢は手駒を演じる」書籍1巻が発売しました。

書き下ろしSSの詳細など、詳しくは活動報告にて。




(……もうひとりの王位継承者候補?)


 

 わたしは即座に完璧な淑女の仮面を被り、目の前の少年へ戸惑う表情を見せた。今は情報を集めるのが先決だ。



「『利用』とは……不穏ですね。貴殿は名すら名乗っていない。いささか疑問に思うことが多い」



 エドワード様は王子らしく柔和な笑みを浮かべた。

 すると少年は手を打ち、エドワード様に挑戦的な顔を向ける。



「うーん。下手に取り繕うより、ありのままの姿で接した方がエドワード王子も心眼の姫も喜ぶって、ブローベル侯爵がシアに言っていたんだけど」



(……ブローベル侯爵が? 彼はリスターシャ王女が王になることを望んでいたはず)



 そこまで考えてわたしは少年に声をかける。



「王子、こんな体勢で申し訳ありませんが……わたしはローランズ王国ルイス侯爵家が長女、ジュリアンナと申します」


「うん、知ってる。僕はリスタ」



 まるでリスターシャ王女に準えたような名にわたしは僅かに瞠目する。



(……双子なのかしら?)



 ローランズ王国ではないが、双子を忌避する慣習がある国や地域は存在する。少年――リスタ王子も双子で、隠されて育ったのではないかとわたしは予想した。



「『シア』とはどなたでしょうか?」


「それはもちろん、僕の世界で一番大切なリスターシャのことだよ」



 リスタ王子からは予想の範囲内の言葉が返ってきた。



(ブローベル侯爵が夜会で言っていた『第三の王族』はリスタ王子のことね)



「殿下! 勝手にうろついて……エドワード第二王子とジュリアンナ姫!?」



 焦った様子で駆けだしてきたのは、リスターシャ王女の護衛騎士コンラート・セラディウスだった。彼はわたしとエドワード様を見ると、慌てて居住まいを正した。



「殿下、どこまでお話を……?」


「利用させてくれないかなって言ったところ」


「お、思い切りの良さは殿下の素晴らしいところですが、私に一言相談ぐらい……」



 リスターシャ王女とは違い、リスタ王子とコンラートは良好な主従関係を築いているように見える。



「うるさいコンラートは放っておいて……エドワード第二王子、ジュリアンナ、色々とこの国や僕たちに疑問があるだろう? 腰を据えて話し合おうじゃないか」



 そう言ってリスタ王子は底知れない笑みを浮かべた。











 

 用意されたのはセラディウス公爵家の一室。窓がない部屋だが、暖炉や赤系統のアンティーク家具のある心落ち着く内装だ。わたしはビロードのソファーに腰を下ろし、リスタ王子たちの到着を待っている。


 話し合いに際して、リスタ王子は条件を出してきた。それは、わたしとエドワード様以外に話し合いに参加するローランズ王国使節団の者は、一人だけというものだ。わたしはその貴重な一人にリリアンヌをエドワード様に推薦した。しかし当のリリアンヌはふてくされた様子だ。



「何故、わたくしがこんな大事な席に呼ばれたの? お兄様やヴィー兄様、サイラス様とか適役がいるじゃない、アンナ姉様!」


「……キール様は候補に入れないのね」



 わたしは溜息を吐きつつ、愚図るリリアンヌを宥めるように頭を撫でる。




「アドルフ・テイラーの新作」


「うっ」


「サイン付き。特別にリリー宛てにメッセージを書いて貰おうかしら?」


「うぐぐっ。……分かったわ、アンナ姉様。今回だけ頑張る」



 リリアンヌは頬を膨らませながら渋々言った。

 わたしたちの一連のやり取りを見ていたエドワード様は、眉間に皺を寄せる。



「お前がどうしてもと言うからリリアンヌを話し合いの席に置いたが……本当に大丈夫なのか?」


「リリーに交渉事は期待しないでくださいね。淑女教育ですらサボることに全力を尽くす子ですから」


「えっへん!」



 リリアンヌは誇らしげに胸を反らした。

 エドワード様はリリーの様子に落胆することもなく、面白そうに口角を上げる。



「ふむ。なかなか面白い妹分だな、ジュリアンナ」


「怒らないのですね」


「俺はお前を信じているからな」



 ただ単純な事実だと言わんばかりのエドワード様の物言いに、わたしの胸に温かい感情が広がる。



「……わたしも貴方を信じています」


「ねえねえ、アンナ姉様。このチョコレート舌の上でとろけるの! ローランズに帰っても食べたいわ!」



 わたしの隣に座るリリアンヌは嬉しそうに小粒のチョコレート次々と口に放り込む。つい先日、コルセットがキツキツで痩せるように叱ったばかりだというのに、リリアンヌの食欲は止まらない。



(色々と台無しよ、リリー!)



「……駄目よ。どうせまたベッドの上で食べるのでしょう? シーツがチョコレートだらけになって、ライナスに叱られるわよ」



 少し棘のある言い方になってしまったのも仕方がないだろう。



「ええ!? それは嫌よ。お父様ったら、わたしにばっかり厳しくするんだもの」


「それはリリーが一番ダメダメだからよ」



 再びわたしが溜息を吐いたところで、室内にまるで少女のように高い笑い声が響く。



「あっはははは! 普段の君たちはそんなにくだけた関係なんだ。驚かされることがいっぱいだなぁ」



 そう言ってリスタ王子がコンラートを携えて入室した。そしてわたしたちの前にリスタ王子は腰を下ろし、コンラートはその後ろに護衛として張り付く。



「改めまして、存在しないはずのもう一人のサモルタ王国王位継承者候補リスタだ。よろしく頼むよ」



 話し合いという名の戦いは始まった。エドワード様とわたしは王侯貴族らしく優雅に微笑む。リリアンヌは慌てて口元のチョコレートを拭っていた。



「ローランズ王国が第二王子エドワードだ」



 おそらく室内のやり取りを盗聴していただろうリスタ王子たちに、理想の王子様の演技はいらない。エドワード様は足を組み、本性の腹黒さを態度で滲ませる態度を示す。



「同じくルイス侯爵家が長女、ジュリアンナです」


「俺の大事な婚約者だ」



 エドワード様は被せるように言った。

 わたしは気恥ずかしくなり、そっと扇子で表情を隠す。



「おやおや、思っていたより独占欲が強いんだね」



 リスタ王子は呆れるように言ったが、エドワード様は気にした様子もない。



「リスタ王子、羨ましいだろう?」


「全然。だって僕には愛するシアがいるし」



 わたしは場の空気をすぐにでも変えたくて、リリアンヌの足をこっそり叩き、自己紹介をするように促した。しかしリリアンヌは惚けたようにリスタ王子を見ている。



「……リリー、どうしたの?」



 わたしが心配に思ってリリアンヌの顔をのぞき込むと、彼女はハッとした顔をするとすぐにお辞儀をした。



「お、同じくオルコット公爵家が長女リリアンヌですわ」



 そう言うとリリアンヌはギュッと膝の上で拳を握る。



「あのっ、どうしてリスターシャ王女殿下は、王子と偽ってこの場にいるのですか? もしや、リスタ王子はお腹が痛くなって、その代わりのでしょうか?」



 リリアンヌの言葉に、わたしとエドワード様は驚きの目でリスタ王子を見た。



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