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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
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55話 協力者の報酬



ジュリアンナ視点に戻ります。






 王都の貴族街にひっそりと建つレミントン男爵家の別邸。

 ここには、前男爵の愛した女性が住んでいる。そう、カルディアだ。


 第二王子の手駒としての仕事も、後始末も終わったわたしは、約束通りカルディアへ会いに来たのだ。

 お茶とお菓子を楽しみながら、わたしはカルディアにすべてを話した。

 


 「――――という訳で、以上がわたしがエレン・カルディア・ジュリアンナとして、王都教会とエドワード様に対して行ったことよ」


 「あっはははは。事実は小説よりも奇なりと言うけれど、第二王子が摘発した王都教会で、ルイス侯爵家のご令嬢が裏でこんなことをしていたなんて、誰も予想していなかっただろうね。ああ、面白い。面白すぎる! さすがは、私の友人だよ」



 笑 え る 要 素 な ん て ど こ に あ っ た の よ !



 カルディアの価値観が心配になる……今更だけど。

 笑い転げるカルディアに対して、わたしは頬を膨らませる。



 「それで、これは貴方の褒美になったかしら? アドルフ・テイラー先生?」



 わたしがそう言うと、カルディアは艶然とした笑みを浮かべる。

 毒花のように妖艶な笑みだが、わたしはこの笑みが作家として面白いネタを見つけたときに出るものだと知っている。


 アドルフ・テイラー。

 ローランズ王国で今一番人気だと言われている作家だ。

 王都教会の図書館にもテイラーの本が数多く収蔵されていたことからも、その確かな人気の高さが窺えるだろう。


 わたしがエレンとして出した手紙は、ジーク宛のラブレターと、テイラー宛のファンレターを書いた。

 ファンレターは、カルディアに対して、身分を借りたいという意思表示だった。

 王都教会に潜入する前にカルディアと会ったとき、事前に決めていたのだ。

 もちろん、カルディアの身分を借りるからには、わたしも対価を払う。

 それが、エレン・カルディア・ジュリアンナとしてわたしが行い、感じたことをすべて洗いざらい話すことであった。

 


 「次回作の話のネタにさせてもらうよ。主人公は……七変化する貴族……いいや、ここは復讐を誓った元貴族子息にしよう! ああ、胸が高鳴る!! 担当編集から逃げるため、屋敷に籠城していた数か月が実を結ぶよ!!」


 「貴族の屋敷に籠城……担当編集は平民よね? 可哀相に……」


 「ん?そんなことはないぞ。 最初の数週間は、屋敷の前でうろうろするだけだったが、その内出入り業者として侵入しようとしたり、屋敷に乗り込んでい来たり……実に面白かったよ」


 「た、逞しいわね。さすがはカルディアの担当編集……。ああ、そう言えばカルディアに聞きたかったのだけど、貴女はエドワードと会っていたのね。知らなかったわ」


 「ふむ……嫉妬かい?」


 「違うわよ!!」


  

 エドワード様と同じ反応をするカルディアに、わたしは頭が痛くなった。



 「ある女性を探しているとか、なんとかで会ってね。少しだけ話をした。噂に違わぬ理想の王子様っぷりだったが……出会った頃のアンナを思い出して、笑い転げそうになった」


 「本当に笑い転げなかったわよね?」


 「さすがに自国の王族の前で、そんな不敬は行わないさ。笑い転げたのは、彼が去ってからだ!」


 「結局、笑い転げているんじゃない……。それとカルディア、ビアンカ側妃とも仲良しだったんですってね? わたし、貴女の演技をして初めてビアンカ側妃に会った時に驚いたんだから。危うく、疑われるところだったわ」


 「彼女は、とても珍しい考え方を持っていてね。小説の登場人物の参考になると思って、よくお話していたんだよ。私は彼女が大好きだったよ。ああ、彼女が死んだことが悔やまれる……!」


 「そんな悔やみ方、ビアンカ側妃もされたくないと思うわ……」



 紅茶を飲み、一息つくとカルディアが真面目な顔で問いかけてきた。



 「君が……マクミラン公爵家に復讐心を抱いていたなんて知らなかったよ。そんな素振りは一つも見せなかったじゃないか」


 「貴女だって、本当は実家のワイラー伯爵家のことなんて、何とも思っていないのでしょう? それをわたしに言うことは無かった」


 「まあ……私の家族は、レミントン男爵家の皆だからね。亡き夫も、年上の息子も、嫁も、使用人たちも大切な家族だ。伯爵の地位を巡って、骨肉の争いを繰り広げる兄弟たちなど、たとえ血が繋がっていたとしても、どうでもいい存在だ。だが、アンナ。君は血の繋がった父親を愛し求めていただろう? そんな君の前で、血の繋がった身内がどうでもいいなんて、口が裂けても言えないさ」


 「……ふふ、ありがとう。優しいのね、カルディア」


 「それは君の方だろう、アンナ。復讐に私を巻き込みたくないから、マクミラン公爵家に対することは何も言わなかった」


 「大切な人が、死ぬのは嫌よ」


 「私も大切な人が傷つくのは嫌だ」




 長い沈黙の後、先に口を開いたのは、わたしだった。




 「ねえ、カルディア。わたしは、もうすぐ婚約者を決めなくてはならないわ。そして来年には結婚するでしょうね」


 「恋愛結婚をした私にはとやかく言う資格はないと思うが……アンナは、もう少し我が儘を言っていいと思うぞ」


 「我が儘なんて……!! わたしの血では……絶対にしてはならないことよ」


 「それならば、ルイス侯爵令嬢として、出来る範囲で我が儘を言えばいい。それにね、アンナ。君の血の価値を見る者ばかりではないよ。少なくとも、私は君自身を見ている人を一人知っている。だから、諦めないでくれ」


 「……望んでしまえば、裏切られた時にわたしが傷つくだけよ。わたしに絡む血の鎖は、決して解かれることはない」


 「鎖に絡まれたまま、抱きしめてくれる人は現れるさ。愛なんて存在しないと思って絶望していた私にも、手を差し伸べて愛してくれた人は現れたのだから」



 そう言って、優しげにカルディアは深紅の双眸を細めた。




 「そんな人が現れるなんて……今は思えないわ」


 「ならば、君の全てを愛してくれる者が現れると、このカルディア・レミントンが予言しよう」


 「ふふ。何よ、それ」



 わたしは立ち上がり、淑女の礼を取る。



 「今日は楽しかったわ、カルディア。また、会いましょう」


 「おやおや、もう帰るのかい?」


 「少し、1人で行きたいところががあるの」


 「そうかい。では、私も執筆活動に取りかかろう。新作が書けたら、君へ一番最初に見せるよ。私のファン一号殿?」


 「楽しみにしているわ、先生」


 軽口を言いながら、わたしたちは笑い合った。

 そして、わたしはレミントン男爵家別邸を後にする。















 わたしはカルディアの屋敷を出て、ある場所へ向かった。

 それは7年間決して近寄ろうとはしなかった場所……そう、王都の下町へ。


 

 「変わらないわね」



 その活気ある町並みは、7年前と変わっていなかった。

 皆、忙しそうに……だけど、心なしか嬉しそうな顔で闊歩している。


 わたしは、あの時と同じ、ブロンズヘアーにチョコレート色の瞳。

 そして、下町に住む娘が好んで着るエプロンドレスを身に着けていた。

 成長したリーアといったところだろうか。

 しかし、あれ以来リーアを演じる気は起きなかったので、今はただリーアの恰好をしているジュリアンナといったところだ。


 

 あの時は、道具として生まれてきた自分に絶望し、逃げ出していた。

 今日はそう……わたしの気持ちを切り替えるためここに来た。



 カルディアにあんなことを言われたからかしら?



 カルディアの言葉は嬉しかったが、それはきっと望んではいけない……望んでも叶わない願いだ。

 わたしは大通りをゆっくりと歩く。

 そして、あの日……彼と出会った場所へたどり着く。



 「え、エドワード様……?」



 そこには、青空のような澄み渡った青色の瞳を持った第二王子がいた。

 あの日と違い、装いは平民そのもの。

 少年から青年へと成長した彼は、わたしの姿を見つけると腹黒い笑みを浮かべながら早足で近づいてきた。



 ……これは偶然?

 でも、運命の悪戯と言うには出来過ぎているわ。



 そうこうしている内に、エドワード様はわたしの腕をガッチリと掴んでいた。

 逃亡は不可能になった。



 「会いたかったぞ。リーア……いや、今はジュリアンナか? 王都教会の一件以来、会いに来ないなんて薄情な奴だな」


 「え……あの……どうしてここに……?」


 「お前の情報を快く教えてくれた女性がいたんだ」



 女性って……まさか……。


 カ ル デ ィ ア の 裏 切 り 者 ! !






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