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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
55/150

54話 懺悔の塔

 シミ1つない白の壁に高価な調度品。

 それだけを見れば、ここが上流階級の者が住まう部屋だと誰もが思うだろう。

 だがしかし、格子のはめられた小さな窓に、外から厳重に鍵を掛けられている鉄製のドアを見れば、ここが上流階級専用の牢だと気付くだろう。


 その部屋に私は囚われいる。

 おそらく、私がこの部屋を出ることは一生ないだろう。

 あったとしても、それは処刑される時だ。


 ここは懺悔の塔。

 罪を犯した王族が軟禁される場所だ。



 常人ならば、この部屋に囚われた時点で絶望するであろう。

 だが私は不思議と、そういった感情を抱くことは無かった。

 むしろ清々しい。


 何故なら、ここには私を蔑む者もいない。

 ドアの前に見張り番が立っているだろうが、彼らは私に話しかけることもないし、何の感情も向けてこない。

 ここはとても楽な場所だった。




 


 自分の仕出かしたことの始末をつけようと決意した後、私は直ぐに行動を起こした。

 マクミラン公爵の元を訪れ、イザベラとの婚約解消などを持ちかけた。

 だがマクミラン公爵は丁重に対応する仕草をして置きながら、私の意見を取り入れるようなことはしなかった。

 思っていた通り、私の力だけではマクミラン公爵の野望を止めることは出来ない。

 このままでは、父と弟たちの暗殺計画が実行されてしまう。

 もう手段は選んではいられない。

 だから私は王を――父を頼ることにした。



 父は私を虐げることもしなかったし、愛してくれた。

 そのことも、私には苦しいことだったのかもしれない。

 私は、洗いざらい話した。

 暗殺計画も王都教会のことも、自分の今まで抱いていた感情も……すべて。

 私の話を聞いた後に、「お前の苦しみを気づけず、すまなかった」と頭を下げた。

 もっと早く向き合っていれば……悔やんでも悔やみきれない。



 父たちは、暗殺計画について何も知らないフリをしつつ、水面下で行動を始めた。

 そして決行の日、私は母に会いに行った。

 母は豪奢な深紅のドレスを着て、外出するところだった。

 行先は、王都教会だという。

 何故こんな夜に王都教会に?と疑問が尽きなかったが、父にマクミラン公爵の計画に関わっていたことを自ら言いに行くよう母を説得した。



 説得は失敗した。

 母はヒステリックに叫ぶだけだった。

 その叫びの中で、王都教会でサバト――悪魔崇拝の儀式が行われていることを知った。

 マクミラン公爵は、そんなところまで私を関わらせていたのかと戦慄した。

 おそらく、何かあった時には、私にすべてを押し付ける算段でもつけていたのだろう。


 こんな女でも母だ。私は再度、母を説得した。

 しかし、返って来た答えは拒絶の言葉。

 「お前が出来損ないだから」「わたくしこそが大切に扱われるべき存在。あの小国の女如きが」と、母が罵る言葉を聞きながら、私は母の元を去った。



 暗殺計画は無事に阻止された。

 王都教会の方は、エドワードによってサバトが摘発されたらしい。

 そして私は、この懺悔の塔に連行された。

 抵抗はしなかった。むしろ、殺されなかったことに驚いた。

 ディアギレフ帝国と関わりを持てば、たとえ王族だろうと問答無用で処刑だったはずだ。

 父とエドワードが何かしてくれたのかもしれない。


 


 ――――コンコン



 ノック音が部屋に響く。

 食事の時間にも早いし、一体誰だろうか?

 そう思いながら、格子のはめられたドアに近づき返事をする。



 「何か不測な事態でも起こったか?」


 「俺です。兄上」



 ギィィと重い鉄製のドアが開くと、そこにはエドワードがいた。



 「エドワード……」


 「少し、いいですか」


 「ああ」



 戸惑いつつも、私はエドワードを部屋に招く。

 警備の者は中に入らず、私とエドワードの二人きりになり、ソファーに向かい合わせに座った。



 「兄上の処遇についてですが、このままの状態でということになりました」



 最初に口を開いたのはエドワードだった。


 このままの状態……つまりは、死ぬまでこのままということか。



 「随分と……甘い決断だな。普通なら処刑だろう」


 「他の暗殺計画に関わった貴族は処刑です。でも兄上は、マクミラン公爵に騙されて暗殺計画の主犯にされそうだったのを、決死の覚悟で王に密告した誇り高い王子ですから」


 「……そういうことになっているのか、私は」


 「嘘はついてません」



 そう言って腹黒そうな笑顔を浮かべるエドワード。

 おそらく、私が処刑されないのは、巧みな情報操作によるものなのだろう。



 「私はお前を廃して……つまりは殺して王になろうとしていたんだぞ」


 「兄上はそんなことしません。弟を殺したりしない」


 「私は美化されているようだな。私はお前が思っているほど、優しさを持った人間ではない」



 実行まではいかなかったが、教会派に味方し、王位を狙っていたのは事実だ。

 それに、エドワードさえいなければと思ったことは、一度や二度では済まない。



 「俺も兄上が思うほど、天才ではないです。何度も負け続けている女がいますし」



 そう言って、エドワードは父と同じ青の双眸を細める。

 猫かぶりではない、心底愛しいという表情に私は俄かに驚いた。



 「……その女とは、ジュリアンナのことか!?」


 「そうです。今回もしてやられました……俺の完全敗北です。まあ、次は負けませんが」



 信じられない。

 あの可憐なジュリアンナが……。



 「信じられない……」


 「でしょうね。ジュリアンナは決して本当の自分を出そうとはしない。俺も彼女の仮面を完全に剥がしたことはないでしょう」


 

 悔しそうな顔を見せるエドワード。

 その姿は、とても新鮮で生き生きしたものだった。



 「ジュリアンナとエドワードは……似た者同士なのか?」


 「サイラスはそう言ってました。だから、俺とジュリアンナは似通ったところがある。だが、違うところもある」


 「それは?」


 「俺には、母上に父上、兄上に姉上と頼れる家族生まれた時からいました。ですが……ジュリアンナには、頼れる家族など存在しなかった。故に彼女は強くなるしかなかった。そして彼女は強いからこそ、守る人もいない」


 「お前はジュリアンナを守る初めての人間になりたいということか、エドワード」



 私の中には、もうジュリアンナに恋していた気持ちはない。

 愛しいとは思うが、それはこの弟も同じ。

 大切な人という位置づけなのかもしれない。



 「ジュリアンナは、守られていることに甘んじる女ではありません。私は、彼女の強いところをとても好ましいと思いますし。そうですね……同じ目線に立ち、共に戦い、辛い時にはお互いに支え合う存在になりたいと思っています」


 「お前と同じ目線か……随分と大変だな、ジュリアンナは」


 「そのためには、婚約者になることは勿論のこと、ジュリアンナの心も手に入れなければなりません」


 「ジュリアンナは、エドワードに惚れていないのか?」


 「ええ。対象外という訳ではないようですが……彼女の防御は固すぎる」


 

 そう言いつつも、肉食獣のような笑みを浮かべる弟に私は呆れた。

 ジュリアンナの先が思いやられる。



 「まあ、頑張れ。私も応援しているぞ、エドワード」



 ジュリアンナには申し訳ないが、私は弟の方が可愛いのでこちらに味方しよう。

 だが簡単に結ばれるのも悔しいので、ジュリアンナには是非とも頑張ってほしい。



 「では早速、行動に移したいと思います。今日は失礼しますね、兄上。また来ます」



 ドアへと歩き出すエドワードに、私は兄として告げる。



 「私はもう王子ではない。だから、ただの兄としてエドワードを支えよう。そして、次期王としては……ミシェルに支えて貰え」


 「お言葉に甘えます、兄上。そう言えばミシェルも、兄上に会いたいと言っていました」


 「そうか。私も今度はミシェル自身と向き合おう」



 傲慢な寵姫の息子としてしか私を見ていなかった貴族たちと同じように、私もまたミシェルを民を支える妃の息子としてしか見ていなかった。

 だがそれも止めよう。

 ミシェルもまた、私と血の繋がった兄弟なのだから。


 この懺悔の塔に入れるのは、成人した王族のみ。

 故に、ミシェルがこの塔に来れるのは、かなり先になる。



 「いつか三人……それだと姉上が拗ねるので、四人で会いましょう」


 「そうだな……いつか、絶対に」


 「ええ、絶対」



 扉が閉まるのを見届け、私は格子のはめられた窓を見る。

 格子越しの景色は、雪解けが始まり春が近づいてきていた。

 この窓から見る景色も悪くない。


 愚かな王子だった私には何も出来ないが、せめて祈りを捧げよう。




 どうか、私の愛する家族に幸あらんことを――――







鬱屈した展開は早めに終わらせたかったので、今日は3連続更新になりました。

これでダグラス視点は終わりです。

次はジュリアンナ視点に戻ります。

カルディア(本物)との対面。明るい話になると思います。

それでは。



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