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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
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52話 悪魔の契約


第一王子ダグラス視点です。

 物心が付いた時には、第一王子である自分と、一歳年下で第二王子の弟を見る周囲の目が、全く異なるものであると気付いていた。


 傲慢な寵姫の産んだ王子。

 それだけで、私は侮蔑の対象だったのだ。


 しかし、貴族の中にも私に対して好意的に接してくれる人もいた。

 だがそれも、弟と自分の資質の差が顕著になると、あからさまに態度が変わった。

 私を利用しようとしていたらしいが、私よりも弟にすり寄った方が良いと判断したんだろう。

 その時の私は、自分が第一王子であるにもかかわらず王位が継げないことも知っていたため、ショックはそれほどなかった。



 それに、弟が自分が到底敵わない天才だったこともあるだろう。

 同じ教師に習っているはずなのに、私と弟には大きな差があった。

 勉学も武術も直ぐに教師顔負けの実力を身に着ける弟に対し、私はその歳にしては、優秀という評価だった。

 また、教師たちは私よりも弟の方が資質に恵まれていると知って、王位継承が揺るがないと安堵しているのを私は知っていた。



 ローランズ王国は、正妃の産んだ王子に王位が継承される。

 無論、王妃が女腹であったり、王子が儚くなってしまえば、側妃の子が王位を継承する場合がある。


 しかし、父である王は、正妃が孕んでいる時に私の母――ビアンカに恋をした。

 いや、恋を知らぬ青年を母が己の欲のために誘惑したのだ。


 正妃の出産間際に、私の母も懐妊した。

 本来ならば、表沙汰に出来ぬことだったが、母が王の子だと大騒ぎしたので、母に恋をしていた王も押し切られる形で母を側妃へと召し上げた。

 そんな状況の中で正妃が産み落としたのは、王女だった。

 翌年、母が産んだのは王子である私。

 多くの貴族が落胆し、一部の貴族は歓喜しただろう。



 王子を産んだことで、母は宮廷で女王のように振る舞った。

 国庫を食い潰す勢いで金を使い、自分を着飾り、見せびらかすためのパーティーを毎日のように開く。

 そして本来は側妃が仕え、従う立場であるはずの正妃に浴びせる暴言は聞くに堪えないものだったという。

 さすがにそのような状況に嫌気が差したのか、王の恋心も急速に冷えていった。



 そして正妃が、弟である第二王子を産んだことをきっかけに、母は離宮に押し込められた。

 だから私は、母とあまり一緒に居たことはない。

 そもそも母も、私も、お互いに興味などなかった。

 ただ、時々会えば、陛下にもっとお金を寄越すように言えと言ったり、正妃を罵るばかりだった。



 そんな状況下でも、兄弟仲は悪くなかった。

 姉であるシェリーは、たまに奇声を発したりするが、基本的には優しく面倒見が良かった。

 弟のエドワードも才能はあったが、その才能をどうでも良いことにばかり使って、周囲を困らせてばかりの問題児であり、目が離せない存在だった。

 優しい姉と、手の掛かる弟。

 父が子供に対して贔屓をせず、同様に愛してくれていたのも大きいだろうが、私たちは仲が良かったのだ。


 しかし、清廉潔白を好み、国を支える妃と慕われているダリア正妃が、シェリーとエドワードに母として接している姿を見ると、私の心は黒く醜い感情に苛まれた。

 ダリア正妃は、自分を見下し蔑んだ女の息子である私にも優しく接して下さった。

 だが、それもまた私の心を苛むものとなった。



 何故、このひとは私に優しくしてくれるのだろう?


 何故、自分の産んだ子を愛していると言って抱きしめるのだろう?


 何故、私の母は……このひとではないんだろう……。



 傲慢な寵姫の息子だということを証明するかのように、黒く醜い感情は膨らんでいく。

 しかし、私はそれを決して表に出さなかった。

 黒く醜い感情を表に出せば、一見強固に見えるようで危うい、この関係性を壊してしまうと分かっていたからだ。

 だから、王を良く思わない貴族達の甘言には耳を貸さず、欲のない王子のフリをした。



 将来は、王となったエドワードを兄として支えよう。

 そう、心に誓っていた……誓っていたはずだった。



 始まりはそう、王がとある女性を囲っているという噂。

 どうせまた信憑性のない噂の類だろうと、私は気にも留めていなかった。


 だがそれは、真実だった。

 

 ある日、私たち兄弟とダリア正妃は王に呼び出され、1人の女性を紹介された。

 女性の名はクラウディア。

 男爵家の生まれだが、15の時に両親を事故で亡くし、7つ年下の弟を守り育てていたため、25歳の現在でも未婚だということだった。

 彼女自身は、際立った美人というわけではないが、穏やかな雰囲気の女性だった。

 


 王から出た言葉は、彼女を側妃に向かい入れたいということだった。

 王と正妃は、完全な政略結婚だが、家族としての情と、国を守るという同じ信念の元に築かれた強固な信頼関係があった。

 だからか、正妃は貴方の心が安定するのならと賛成した。

 あまり驚いた様子もなかったことから、クラウディアについても調べはついていたのだと思う。

 正妃が良いと言ったため、シェリーとエドワードも賛成した。

 私も胸に渦巻く黒い感情を押し殺し、賛成の意を伝えたのだ。



 クラウディアは、嫌になるほど素晴らしい側妃になった。

 敬虔なルーウェル教信者で無駄遣いを嫌い、性格は慈悲深く優しい。

 そして何よりも、彼女の決して出しゃばらずに正妃に従う姿勢は、側妃の見本とも言えるものだった。 側妃になって数年経つと、民を支える妃として国民に高い人気と信頼を獲得していった。



 クラウディアが悪い訳ではない。

 それは分かっていたが、私を苛む黒い感情は大きくなっていった。

 このままでは取り返しがつかなくなってしまうのではないか……。

 そう思った私は、傷つけたくない一心で、少しだけ父と姉と弟との距離を置き始めた。

 

 

 そして暫く経つと、クラウディアの懐妊が発表された。

 久方ぶりに王族の御子が産まれると、国民も大多数の貴族も喜びの声を上げた。



 私は平静なフリをしつつも、ドロドロと身の内で渦巻く黒い感情を必死に押さえつけていた。

 産まれた子が王女であれば、私にとって良かったのかもしれない。

 しかし、産まれたのは王子だった――――。



 ミシェルと名付けられた、まだ赤子である王子を見た瞬間――黒い感情は、私の心を食い破った。



 

 片や貴族と民に慕われた側妃から産まれた、王子。

 そしてもう一方は、貴族にも民にも蔑まれている側妃から産まれた、王子。

 エドワードを支える王子は、私よりもミシェルの方が最適ではないか!


 

 私が必死に築き上げてきた居場所が取られてしまう。

 そう思うと、私はミシェルを憎んだ。

 皆に祝福された王子を、私だけは憎んで憎んで憎み続けてやろう。

 

 一度解放した黒く醜い感情は、今まで私の大切に思っていた人達にも向けられた。

 貴族を、民を、母を、父を、正妃を、姉を、弟を、この国を、世界を――――すべてを憎んだ。




 「この国の王になりませんか、ダグラス王子。貴方が――いや、貴方だけが王の器足り得る。私が貴方の味方となり、王への道を創りましょう」



 

 憎しみに支配された心に、その言葉は深く染み渡る。

 そして私は、マクミラン公爵と手を組み、契約を交わした。




 



長くなってしまったので、分けます。

暗い展開が続きますが、ご辛抱を。


それと、第一部は後3話ほどで終了予定です。

お付き合いいただけると嬉しいです。




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