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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
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48話 死したオルコットの秘宝

 ――国王と第三王子が死に、我が王が立つ。


 間違っても、エドワード様ではないわね。

 我が王――つまりは、マクミラン公爵の傀儡となる王族。

 どう考えても、第一王子ダグラス様ね。


 しかし、この男は分かっているのだろうか?



 「陛下と殿下が死ぬとは……マクミラン公爵、不敬罪として、今この場で殺されても文句は言えないと思いますが」



 わたしの言葉にマクミラン公爵は、余裕を崩さない。


 

 「既に計画は動き出している。止められはしないだろう」


 「止められるに決まっているだろう」



 不穏な空気を両断したのは、エドワード様だった。

 その自信満々の言葉にマクミラン公爵は眉を顰める。



 「……兄上は、父上と弟を殺すことなどない」


 「はっ、戯言を。第一王子は、正妃腹の優秀すぎる第二王子に、同じ側妃腹でありながら民を支える妃と慕われている母を持つ第三王子を憎んでいる。お前たちより上に立つには、王になるしかないと思っているだろう」


 「そう思うように貴様が仕組んだんだろう。マクミラン公爵」



 エドワード様は吐き捨てるように言った。

 怒りの感情を抱いているのが見て取れる。



 「それの何が悪い。それに王と第三王子が殺されずとも、私のマクミラン公爵家を潰すことなどできないだろう? ルイス侯爵はもちろん、王家もな」



 余裕たっぷりの理由はこれか。

 マクミラン公爵家は、ローランズ王国建国以来続く貴族だ。

 近年、その力は衰えたと言われているが、今だその影響は計り知れない。

 

 そう。たとえ、わたしがメイラーズとアイリス商会を使ってマクミラン公爵家の力を削いだとしても、だ。



 マクミラン公爵家を潰せば、ローランズには決して小さくない影響がでるだろう。

 それ故、国王陛下はルイス侯爵家がマクミラン公爵家に復讐しようとも、家を取り潰すことはしない。

 マクミラン公爵も……何かしら生き残る術を残しているのだろう。




 そんなことは……絶対にさせないわ!!



 「……マリー」



 その一言で、腹心の侍女は、わたしの意図すべきところを理解する。

 

 

 「すべて、手に入れました。現在は安全な場所に保管しております。内容は……お嬢様の予想した通りでした」


 「そう、ありがとう。 エドワード様、ちょっとよろしいですか」


 「どうした、ジュリアンナ?」


 「マクミラン公爵のサバトに関する書類や、貴族間の違法取引の証明書。それに……かの帝国(・・・・)とマクミラン公爵の取引を証明する書類をルイス侯爵家は手に入れました」



 5年前、ある暗殺ギルドをわたしは潰した。

 暗殺ギルドは中立を示し、どこの組織にも加担しない。

 故に、王家も暗殺ギルドには関与しなかった。

 しかし、その暗殺ギルドは、ローランズ王国内で禁忌とされることを行った。


 それは、ローランズ王国建国の所以となり、何度も侵略を仕掛けてきた隣国、ディアギレフ帝国の依頼を受けたからだ。


 ローランズ国内一の実力を持つ暗殺ギルドは、直ぐに……わたしの指揮する部隊に呆気なく潰された。

 そして暗殺ギルドがディアギレフ帝国に対して請け負った依頼を調べると、その暗殺対象すべてが、マクミラン公爵にとって邪魔な貴族家だった。


 マクミラン公爵家は、ディアギレフ帝国と繋がりがあるかもしれない。


 それは細い糸だった。

 しかしそれは、ローランズ王国において到底許される所業ではなく、問答無用でマクミラン公爵家を潰せるかもしれない希望でもあった。


 わたしたちは、念入りに調べた。

 しかし、痕跡は丁寧にすべて消されていて、外からでは探りだせない。


 だから、わたしはカルディアとして近づき、内から探ったのだ。

 その結果、マクミラン公爵が口約束を信用できず、契約書を残したがる性格だと知った。

 カルディアとしてマクミラン公爵の信頼を得て、マクミラン公爵家の屋敷に行った時、ついにわたしは、この男が大切なものを隠す場所を見つけた。


 あとは、その情報を元暗殺者のマリーに知らせて盗ませた。


 

 これこそが、ルイス侯爵家が手に入れた復讐への切り札。


 

 

 「そんな訳があるか……!」


 

 憤るマクミラン公爵を無視し、わたしはエドワード様へ頭を下げる。



 「これらの証拠は、エドワード様にすべて献上いたします」


 「いいのか」


 「はい。貴方は次代の王であり、ルイス侯爵家の望む言葉を下さいました。貴方によって、マクミラン公爵家が裁かれるのであれば、どんな結果になろうとも……ルイス侯爵家は、その決定に従いましょう」


 「……最善を尽くそう」


 

 エドワード様が約束してくれたことに、ホッと息を吐いて安心した。



 「私はこの程度では終わらない……すべてを……望むものを手に入れるのだ……まだ、第一王子がいる……」



 ブツブツと呟くマクミラン公爵に、わたしは呆れた目を向ける。


 この男にとっては、エリザベスお母様も自分の欲を満たす物でしかない。

 たまたま、エリザベスお母様が手に入らず、同年代で何かと比較されてきたお父様と(政略的な意味だが)結ばれたのが気に入らずに執着しただけだ。

 この男が目にし、欲したのが、外向きのエリザベスお母様であることから察せるだろう。



 権力への妄執、ローランズ王国を傾かせるであろう野望……そして、お父様とエリザベスお母様への執着。


 ああ、本当にこの男は碌でもない。


 でもある意味、中途半端な善人だったら、ここまでルイス侯爵家は復讐に取りつかれたりしなかっただろう。



 わたしはゆっくりとマクミラン公爵の元へ歩き出す。

 その仕草は途中で、優雅で完璧なものから、弱弱しくも可憐なものに変わった。

 そして纏う雰囲気も、穏やかで清楚なものへと変わる。


 

 わたしの突然の変わりように一番驚いたのは、マクミラン公爵だった。

 目を見開き、わたしを信じられないとばかりに凝視する。



 マリーに押さえつけられているマクミラン公爵の目の前に立つと、ジュリアンナではない(・・・・・・・・・)慈愛に満ちた微笑みを向ける。



 「お久しぶりですね、ジェームズ様」



 呟かれた声は、小鳥がさえずるように可愛らしく、ジュリアンナの鈴の鳴るような凛とした声とは別のものだ。



 「……エリザベスなのか……?」



 驚愕の表情とともにマクミラン公爵が呟いたのは、この世にいるはずのない死者の名。



 「……はい。お久しぶりですわ」



 わたしは困ったような顔をしながら、嘘で塗り固められた肯定の言葉を紡ぐ。





 これこそがわたしの……わたしにしか出来ない役目。




 ――愛する家族を奪った男に、絶望を。





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