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侯爵令嬢は手駒を演じる  作者: 橘 千秋
第一部 ローランズ王国編
42/150

41話 自己満足の愚行

39話続き。

主人公視点に戻ります。




 狭い牢屋の中に、わたしとマーサと男3人ね。

 最悪の状況下ではあるけれど、牢の鍵が開き、そして相手は興奮して冷静ではない。

 ……何より、紅焔の狼がいない。ある意味チャンスね。


 わたしは、冷静に目の前の男たちを睨みつける。

 

 暴れるにしても、手枷が着いた状態では、押さえつけられる可能性もある。

 さて、どうしたものか。決定的な隙が欲しいところだけど。



 「大人しくしてろよ」



 男の1人が、わたしの修道服へと手を伸ばす。

 

 ふと、視界に鮮やかな緑色が映る。

 それが瓶に入った液体だと認識したわたしは、咄嗟に息を止めて顔を背ける。



 わたしに視線を向けている男たちとマーサは瓶の存在に気づかない。



 ――パリンッ



 瓶が割れた音がした後、しばらくするとドサリと人の倒れる音がした。

 恐る恐る割れた瓶を見ると、液体は既に蒸発しており、牢の中は僅かに刺激臭がした。

 マーサたちは、全員気絶していた。

 

 麻痺や睡眠薬の類かしら? 頭が少し……クラクラするわね。




 「ご無事ですか、ジュリアンナ様!!」



 現れたのは、わたしを裏切り者と罵ったモニカと、知らない青年だった。



 「モニカ……来てくれたの?」


 「はい。私は、ジュリアンナ様の共犯者ですから」



 わたしは、その言葉を聞いて弱弱しく微笑む。



 「モニカが裏切り者と言った時、確かにそうだと思ったのです。わたしは、共犯関係の貴女に、たくさん隠し事をしていますから」


 「……私も、隠し事ぐらいあります。ですから、気にしないで下さい。裏切り者なんて言ってごめんなさい」



 あの状況下で、モニカがわたしに出来ることは、わたしと関係がないと主張する事だけだった。

 わたしがモニカに腹を立てることなんて、一つもない。



 「許します。ですから、わたしのことも許してね?」


 「はい。私も許します」



 笑い合うわたしたちに、気まずそうにモニカと一緒にいた青年が話しかけてきた。



 「あの……すんません」



 青年の体系はヒョロリとしていて背が高く、武芸を嗜んでいるようには見えない。



 「この男はジャン――元アントルーネ男爵家使用人です。王都教会にアントルーネ男爵家が襲撃された際の生き残りです」


 「ああ、モニカの恋人で薬師の彼ね」


 「恋人ではありません!!」



 顔を紅潮させながら必死に否定するモニカ。

 そしてその言葉に落ち込むジャン。どう見ても相思相愛だ。


 ……微笑ましいわね。


 そう思って二人を見ていると、モニカの後に黒い影が現れる――気絶していたはずの男が一人、起き上がってモニカを人質にしようとしていた。

 薬の効きが悪かったようね。



 「きゃっ」


 「汚らしい手で、モニカに触らないでくれるかしらっ」



 男の足をはらい、バランスを崩させる。そして間髪入れずに顔面に蹴りを叩きこむ。



 「ごふぅっ」



 男に馬乗りになり、靴底に隠していた小型のナイフを首へ突き立てる。

 両手に手枷を嵌めたままだが、男一人押さえつけるぐらいは簡単だ。



 「積極的な女でごめんなさい」



 笑顔で言うと、男が顔を青くさせて震えあがった。

 顔はわたしの蹴りを受けたことで歪んでおり、酷い有様だ。



 「やめ……マーサが勝手に……オレは悪く……」


 「黙れ」



 わたしは男の喉元を浅く切り付ける。

 傷口からは血が滲み出て、男の首を伝っていく。

 その感覚に、傷口は見えなくとも、急所が出血しているのが分かったのか、男の顔は、恐怖の色を濃くしていく。


 わたしはニヤリと笑いながら男を脅す。



 「わたしの質問に答えないなら貴方を殺す。嘘を言っても貴方を殺す。でも素直に答えてくれたら……見逃してあげる。ちなみに、わたしには嘘は通じない。それで、貴方はどうするの?」


 「言います、嘘偽りなく! だから、殺すのは……」



 思いのほか、簡単に裏切ったわね。まあ、利用させてもらうだけだけど。



 「モニカ、私が牢に閉じ込められてから、どのくらい時間が経過したのかしら」


 「1日半ですね」


 「そうなると、今日はサバトの開催日ね。それで質問だけど、この牢に人が来る予定はあるかしら?」


 「今日はもう、誰も来るなと、ま、マーサが……」


 「そう。わたしで楽しむつもりだったものね」



 暗に強姦するつもりだったでしょう?と告げると、男の顔色は青を通り越して黒になってきた。

 わたしは気にせず質問を続ける。



 「手枷の鍵はどこ?」


 「牢の出入り口近くにある看守部屋に……」


 

 と言う事は、手枷もそこにある可能性が高いわね。



 「ジャン。念のために拘束するから、手枷と足枷をまとめて持ってきて。わたしの手枷の鍵も忘れずにね」


 「りょ、了解っす!」



 脅えた様子でジャンは牢を出て行った。

 初対面で、成人男性に馬乗りになって脅している様子を見れば……脅えるのは当然ね。

 でもエドワード様ならば、逆に喜びそうね……。


 エドワード様は、もう王都教会に来ているかしら?

 もしも来ているのなら……お父様がわたしにさせたかったことは、きっと――



 「ぐあっ」


 「抵抗しようなんて、浅はかな考えを持つな。殺すわよ」



 考え事をしているわたしの隙をつこうと、男が身を捩ったが、頬を切り付ける事で、それを強制的に止めさせた。



 「これが一番重要な質問なのだけど……この牢には、わたし以外に男が一人囚われているはずだわ。それについて知っている?」


 「ひいっ、一週間前、男が捕まったのなら、知ってる!!」


 「その男は、生きているの?」


 「わから、な、お願いだ、殺すのは、やめ――」



 男の腹部にナイフの柄を叩きつけ、強制的に気絶させる。

 わたしが馬乗りの体勢から立ち上がると、丁度、ジャンが大きな木箱を抱えて戻って来た。


 

 「お待たせしましたっ!」


 「ジャン、この人達を拘束してくれる? モニカは、わたしの手枷の鍵を外して」


 「了解っす!」


 「かしこまりました」



 手枷を外すと、手首が赤黒く鬱血していた。

 出血は……止まっているようね。

 見た目は痛々しいけれど、それほど痛みはないわ。


 ついでに紅焔の狼に蹴られた背中の怪我の具合を確認するが、骨には異常が無さそうだった。

 

 

 問題なく動ける事に安堵していると、モニカが怪訝な顔で問いかけてきた。



 「私たち、必要なかったんじゃないですか?」


 「そんな事はないわ。とても……助かったわ。感謝しています」



 マーサたち以外にも誰かが傍に控えているかもしれなかったのだ。

 たとえマーサたちを倒したとしても、応援を呼ばれたら分が悪い。

 マーサは否定していたが、もしも紅焔の狼が来たら……そこでわたしは死んでいただろう。

 だから、もしもを考えて捨て身の攻撃をしかけるのは得策ではなかった。

 モニカたちが此処に来た事で、心配がなくなり大胆な行動に移れたのだ。



 「終わったっす!」


 

 マーサたちは、きっちり手枷と足枷を嵌めていた。

 ご丁寧に口も塞がれているわね……。



 「ありがとう、ジャン」


 「お礼なんて、とんでもないっす。それよりも、ジュリアンナ様の手当を……」


 「手当はいりません。わたしよりも優先すべき人がいますから」


 「優先すべき人とは……?」



 モニカの質問に微笑みで答え、マーサの脇に落ちていた鍵束を拾う。

 そしてわたしは、モニカたちを連れて牢から出た。



 

 「行きましょう。わたしが愚かな行動をしてまで救いたかった、可哀相な騎士の元へ」



 













 コツコツと牢の中に、わたしたちの足音が響く。


 わたしの収監されていた牢よりも奥深くに彼は居た。



 鉄の鎖で雁字搦(がんじがら)めにされ、身動きが取れないように拘束されていた。

 元は上等であっただろう彼の服は、所々破れてボロボロだった。

 破れた場所から覗く彼の肌は、鞭を打ちつけられたのか、赤黒い線が無数にあった。



 死んでいるのかと思ったが、僅かに肩が上下し浅く呼吸をしているのを見て、わたしは安堵の溜息を吐く。



 「これは……」


 「酷いっすね」



 モニカとジャンが彼の悲惨な状態に眉を顰める。



 「モニカ、鍵を開けてくれる?」



 鍵束をモニカに渡す。



 「は、はいっ」



 モニカが焦りつつも、牢の鍵を開けた。


 わたしは彼に近づく。

 すると彼は本職は騎士だからか、わたしの気配に気づき僅かに片目を開けた。

 顔も殴られたようで、片目しか開けられない状態のようだった。



 「……いつもの、拷問担当者とは違うな。アンタは、俺を迎えに来た天使か……?」


 「違うわ」


 「なら、妹一人守れなかった俺を殺しに来た死神か」


 「小さな命が失われるのを見ている事しか出来ず、罪滅ぼしにただの自己満足の愚行を犯した……わたしは、だだの愚かな人間よ」


 「アンタは……」


 「貴方が生きていてくれて良かった。アルフレッド・マーシャル」



 わたしは、そっと彼――生贄の少女ニーナの兄、アルフレッドの頬に手をあてた。






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