役立つ刃、眠る牙
各村々へ貸し出した害獣対策クロスボウは、想定以上にうまく機能していた。
少なくとも、表に上がってくる報告を見る限りでは――だ。
事故の報告は無い。不正使用の噂も無い。
紛失や横流しといった話も、今のところ聞こえてこない。
それどころか、冬の間に提出された成果報告を見て、思わず息を呑んだ。……これほどとはな。
鹿、猪、時には大型の害獣まで。
これまでなら「見つけたら知らせる」「狩人を呼ぶ」「被害が出る前に追い払う」程度しか出来なかった相手が、今では“確実に仕留められる対象”として記録に並んでいる。
しかも、それが冬の間だけで、だ。
害獣は害獣であると同時に、獲物でもある。
肉は保存食に。皮は加工品に。骨や脂ですら無駄にはならない。
捕らえることが出来さえすれば、捨てる所のない資源。農地を守り、食料を増やし、仕事も生む……
数字だけを見れば、文句の付けようがない成果だった。領地全体への貢献度は、想定を大きく上回っている。
だからこそ――
「……これは」
書類から目を離し、ふと天井を仰ぐ。
便利であること。役に立つこと。皆が喜び、感謝すること。
それらはすべて、正しい。
だが、それと同時に、この道具が持つ“別の顔”も、否応なく頭をよぎる。
害獣対策クロスボウ。その名で呼ばれてはいるが、構造そのものは立派な武器だ。
狙いを定め、引き金を引けば、相手が獣であろうと、人であろうと、結果は変わらない。
……一歩、間違えれば。
領主館の奥。鍵をかけた保管庫の中には、軍用クロスボウが五十基。
射程も、威力も、精度も。害獣対策用とは比べものにならない、本物の兵器。
そして――
今、各村で害獣対策クロスボウを扱っている者たちは、すでに「引き金を引く」ことに慣れている。
姿勢も、狙い方も、間合いも。
練度はまだ粗いが、ゼロではない。
徴兵すれば……
必要とあらば、領民を集め、武器を持たせるだけで、即座に“それなりの兵力”が出来上がる。
害獣対策クロスボウでさえ、十分に戦力となる。そこに軍用を与えれば――考えるまでもない。
「……だからこそ、だな」
領主は小さく息を吐いた。
これは、決して軽々しく扱っていい物ではない。
便利だから、役に立つからと、ただ広めて終わり、では済まされない。
管理。
規則。
そして、何より――使わせる側の覚悟。
武器を持たせるということは、力を預けるということだ。
今は、まだ大丈夫だ。領地は安定している。
不満も、火種も、見当たらない。
だが、だからこそ油断してはならない。
この“役立つ刃”は、眠っている間は頼もしい。
しかし、目を覚ました時――
牙になるかどうかは、使う側次第なのだから。
領主は再び書類に目を落とし、次に定めるべき「規定」と「監督」の項目に、静かに目を通し始めた。
この力を、最後まで“道具”として使い切るために。




