封じる決断
「珍しいな。お主が訪ねてくるとは」
執務室に通された木工師を見て、領主はわずかに眉を上げた。
長年領内で腕を振るってきた職人だが、こうして直接訪ねてくることは滅多にない。
「して、何用だ?」
「はっ……エドワルドぼっちゃまより、ある物を作ってくれと頼まれまして」
木工師はそう言って、脇に抱えていた布袋をそっと前に置いた。
「子供用の物は、すでに坊ちゃまへお渡ししておりますが……」
「ほう?その布袋に包まれておるのが、それか?」
「はい。大人用の物も一つ、同時に頼まれましてな。害獣対策として、でございます」
「良いではないか」
領主は軽く頷いたが、木工師は首を横に振った。
「いえ……とんでもございませぬ」
声に、明確な迷いと恐れが滲んでいた。
「私も、これを狩人へ渡せと坊ちゃまから言われました。しかし……果たして渡して良いものか。作っておきながら、戸惑っております」
「……ほう?」
領主の目が、布袋に向く。
「ならば、見せてみよ」
「はっ」
庭へと場所を移し、簡易の的が立てられた。
木工師は布を解き、中から木と鉄で作られた奇妙な形の道具を取り出す。
「これは……弓、か?」
「形は似ておりますが……仕組みは別物でございます」
木工師は一礼し、構えた。
次の瞬間。
――びしゅっ!!
乾いた音と共に、矢が飛んだ。
――どん!!
的は、真ん中から裂け、背後の板にまで深く突き刺さる。しかも、勢いはそこで止まらず、その先へと飛んでいった。
「な……!?」
領主は思わず一歩、前に出た。
「何だ、この威力は……的を真っ二つにした上、まだ飛ぶだと?」
「はい……私も、同じ反応でございました」
木工師は苦笑する。
「害獣対策には、確かに申し分ない威力。しかし……」
「……しかし?」
「わしが撃ったのは、今ので二度目でございます」
「二度目……だと?」
「はい。特に練習を積んだわけでは、ございませぬ」
沈黙が落ちた。
「馬鹿な……弓というものは、引き方、姿勢、長年の鍛錬が――」
「はい。技量が全てを左右します」
木工師は、はっきりと言った。
「しかし、これは違います。引き金を引けば、同じ結果が出る」
「……」
領主の視線が鋭くなる。
「お主が言いたいのは……これが害獣ではなく、人に向けられたら、ということだな?」
「……はい」
木工師は、深く頭を下げた。
「これを大量に生産しましたら……」
「――戦術が、変わるぞ」
領主は、低く言い切った。
「作っておきながら、まさかここまでとは……わしには判断が出来ませぬ。故に、領主様のご判断を仰ぎたく……」
しばしの沈黙。
そして。
「……暫し、これは預かる」
領主は、断固とした声で告げた。
「良いな」
「はい。お任せ致します」
木工師は、ほっとしたように息を吐いた。
領主は、自らもその道具を手に取り、試しに構える。取り扱いは、驚くほど容易だった。
仕組みも……単純。
「……クロスボウ、と言ったな」
呟きには、重い感情が込められていた。
「また……なんという物を、作ったのだ」
兵に持たせれば、訓練の浅い者でも戦力になる。それが意味するものは、あまりにも大きい。
「これが、領内に……いや、領外にまで広がれば……」
言葉は、そこで止まった。
領主は、布に包まれたそれを見つめながら、確信していた。
これは道具ではない。
“扱いを誤れば、時代を歪める力”だ。
そして同時に思う。
エドワルド……お前は、どこまで見えている?それともたまたまか?
静かな疑念と警戒を胸に、領主はその場に立ち尽くしていた。




