川の恵みと判断
その日は、朝から晩まで休む暇がなかった。
獲れては引き上げ、引き上げては〆、捌いては吊るす。
鮭、鮭、また鮭。
川辺には一日中、人の声と水音が絶えず響いていた。
巨大な魚体を前に、誰もが疲労困憊だったが、手を止める者はいなかった。
ようやく作業が一区切りついた頃、エドワルドは領主館へ戻された。
暖炉の火が揺れる執務室。
父は椅子に深く腰掛け、短く言った。
「で?報告を聞こう」
「はい」
エドワルドは背筋を伸ばし、整理した内容を順に話し始める。
「川に簡易的な罠を設置しました。これまでは小魚が一日に数匹。普段、領民が釣りで獲る程度の量です」
父は無言で頷く。
「昨日から鮭が数匹獲れ始め、昨日は……ご覧になった通りの状態になりました」
一瞬、父の眉が動いた。
「ふむ」
「過去の資料と照らし合わせると、あの鮭は冬の、ある短い時期にだけ獲れ始めるようです」
「短い時期?」
「はい。もしかすると……一日、あるいは数日だけ」
父は顎に手を当て、考え込む。
「なるほど」
エドワルドは、続けた。
「それと……一つ、推察があります」
「言ってみよ」
「もしかしたら、過去に獲りすぎたのではないかと」
「獲りすぎて?」
「はい。あの罠は簡単な作りです。それでも、昨日の量が獲れました」
少し、言葉を選びながら続ける。
「簡単に、大量に獲れる。となれば、必要以上に獲ってしまう可能性があります」
「……」
「結果として数が減り、やがて獲れなくなった。そして漁をする意味も失われ、獲り方自体が途切れたのではないかと」
執務室に、静かな沈黙が落ちた。
父は、ゆっくりと息を吐く。
「成る程な」
短い一言だったが、重みがあった。
「この魚、焼いても美味かった」
ふっと、口元が緩む。
「燻したものも、悪くない」
「はい」
「年に一度、少しだけ獲るのであれば……」
父は視線を上げ、エドワルドを見る。
「居なくなる可能性は低い、か」
「そう思われます。ただ……」
「一年、様子を見る必要がある、だな」
「はい」
父は立ち上がり、窓の外、暗くなり始めた空を見た。
「川も、畑も、同じだ」
「……」
「獲れるからといって、獲り尽くせば終わる」
振り返り、静かに言う。
「今回の件は、良い教訓だな」
エドワルドは、深く頭を下げた。
「はい」
川が与えたのは、鮭だけではない。
“判断する責任”もまた、同時に渡されたのだ。
その重みを、エドワルドは確かに感じていた。




