川が溢れる朝
次の日の朝。
エドワルドにとって、目覚めと同時に向かう場所は決まっていた。
今日も確認だな。
冬の冷たい空気の中、川へ向かって歩き出す。鮭の件は、まだ予断を許さない。昨日は数匹――今日はどうなっているか。
そう考えていた、その時だった。
「ぼっちゃん!!」
前方から、息を切らした男が走ってくる。
昨日、一緒に燻しをしてくれた、あの男だ。
「どうしたの?」
ただ事ではない様子に、足を止める。
「早く……早く来てください!!」
「?」
理由を聞く間もなく、腕を引かれるように川へ向かう。
そして――。
「……え?」
川を見た瞬間、言葉を失った。仕掛けに、鮭が掛かっている。しかも、一匹や二匹ではない。
「な……なんで……?」
罠一面に、銀色の魚体が折り重なるように暴れている。昨日までとは、まるで別の光景だった。
「ぼ、ぼっちゃん!とにかく引き上げましょう!!」
我に返り、二人で罠に取りつく。
「重っ……!」
一本引き上げる間にも、別の仕掛けに魚が突っ込む。水面が激しく跳ね、川がざわめく。
「うわ、うわ……」
状況は、刻一刻と悪化していた。
「ぼっちゃん!!」
男が叫ぶ。
「このままじゃ不味いです!魚が入りすぎて罠が持たない!」
「……!」
「俺、家に戻って人を集めてきます!」
「分かりました!早く行ってきてください!!」
男は踵を返し、全力で走り去った。
エドワルドは、必死に罠を支えながら歯を食いしばる。
想定外……完全に想定外だ……!
どれほどの時間が経っただろうか。
やがて、川沿いに慌ただしい足音が響き始めた。
「坊ちゃん!?!」
現れたのは、執事にメイド、使用人たち。
事情もろくに説明されないまま、半ば強引に連れて来られた顔ぶれだ。
「こんな……大きな魚……!?」
「嘘でしょう……?」
「まだ掛かってる!引き上げるぞ!!」
皆で一斉に作業に取り掛かる。
引き上げても、引き上げても、終わらない。
数十匹――いや、それ以上。
川は、鮭で埋まっているかのようだった。
――その頃。
領主館では、エドワルドの父が起床していた。
「……妙に静かだな」
朝の支度を整えながら、周囲を見渡す。
「他の者はどうした?」
「え……その……」
侍従が言葉を濁す。
「坊ちゃんが……川へ人手を連れて行かれまして……」
「川へ?」
眉をひそめる。
「そう言えば、最近毎朝早く出ていたな。だが、人手まで?」
「詳しくは……大人の手が必要だと……」
父は、しばし考え込んだ。
「……」
やがて、静かに立ち上がる。
「私も見に行こう」
「え?」
「状況を把握せねばならん」
そう言い残し、外套を羽織る。
そして川へ向かった父が目にしたのは――。
「……これは……」
言葉を失う光景だった。
川沿いに並ぶ、人、人、人。
その足元には、見たこともないほど大きな魚が、何十……いや、何百匹と積み上げられている。
暴れる鮭。濡れた地面。必死に動く人々。
「……」
領主は、ただ呆然と立ち尽くした。
――これは、もはや偶然ではない。
川が、何かを吐き出した朝だった。




