冬だけの答え
鮭を燻しながら、エドワルドはじっと煙の向こうを見つめていた。
パチパチと薪が爆ぜる音。
ゆっくりと立ち上る煙が、川辺の冷たい空気に溶けていく。
「……それにしても」
今まで、まったく掛からなかった鮭。
それが、今日になって突然、しかも数匹まとめて姿を見せた。
何が変わった?
頭の中で、これまでの出来事を一つずつなぞる。
川の仕掛けは同じ。獲り方も変えていない。
餌を使っているわけでもない。
「変わったとすれば……」
視線を空へ向ける。
吐く息は白く、指先はかじかむほどに冷えている。
「……寒さ、か」
冬が深まった。それ以外に、大きな変化はない。
「まさか……冬にだけ捕れる魚、なのか?」
ふと、書庫で読んだ記録が脳裏をよぎる。
――川を遡り、卵を産み、力尽きる。
……なら、辻褄は合う。
今まで捕れなかった理由。記録が古い理由。
漁師がいなくなった理由。
すべて、「冬」という条件が抜け落ちていたからだとしたら。
「……一年、見ないと分からないな」
結論を急ぐのは危険だ。これはまだ、観察の段階に過ぎない。
エドワルドは思考を切り替え、燻しの具合へ意識を戻した。
「……しかし」
改めて見ても、大きい。
鮭の身は分厚く、脂も多い。このサイズを完全に燻すには、一日二日では足りない。
「……数日仕事か」
一人でやるのは、さすがに無理がある。
エドワルドは、そばで作業していた男へ向き直った。
「なあ……」
「ん?」
「頼みがある」
男は一瞬、手を止めた。
「この燻し、手を貸してくれないか」
「……」
「その代わりだ」
エドワルドは、鮭の方へ視線を送る。
「獲れた魚の半分を、持っていっていい」
「……は?」
男は目を丸くした。
「いや、いやいや!そんな――」
「頼む」
エドワルドは、軽く頭を下げた。
一瞬、男は言葉に詰まる。
相手は領主の子。本来、頭を下げる立場ではない。
「……分かったよ」
ため息混じりに、男は頷いた。
「ここまで来たら、最後まで付き合うさ」
「助かる」
エドワルドは、ほっと息を吐いた。
燻し台の煙は、変わらず静かに立ち上っている。
この冬に現れた“答え”が、一過性のものなのか。それとも、長く忘れ去られていた恵みなのか。
それを知るのは、まだ先の話だ。
今はただ、目の前の鮭を、確実に仕上げるだけだった。




