試す価値
書庫の机に肘をつき、エドワルドは記録を睨んでいた。
……魚の取り方、か。
頁をめくるごとに、いくつかの方法が書かれている。
投網。
刺し網。
そして――
「梁漁……」
川の流れに沿って、細い木の枝を組む。
水は通すが、魚は通さない。
理屈は、分かる。
だが、絵図を見ても首を傾げてしまう。
「……これで本当に捕れるのか?」
かなりの規模になる。
枝を何本も使い、川幅に合わせて組む必要がある。
小規模じゃ意味がないな。
頭の中で、川の様子を思い浮かべる。
流れはそこそこ速い……。
なら、水圧にも耐える作りが必要だ。
その場で組むのは現実的じゃない。
間違いなく時間がかかる。
「……先に組んで、運ぶ方がいいな」
部材を準備し、ある程度形にしてから川へ。
現地では固定と微調整だけにする。
問題は……
エドワルドは、そこで思考を止めた。
「……魚、居るのか?」
一番の根本だ。
記録にはある。
老人の話でも、昔は捕れていた。
だが、“今”はどうだ?
いない可能性も、十分ある。
労力だけかけて、何も得られない。
それもあり得る。
だが――
「……だからこそ、か」
誰もやらない。
だから分からない。
なら、一度試してみる価値はある。
「本格的じゃなくていい」
小規模で。試験的に。
失敗しても、学びは残る。
エドワルドは静かに息を吐いた。
「……やってみるか」
魚が戻ってきているかどうか。
それを確かめるだけでも意味がある。
未来を知っているからこそ、立ち止まるべきではない。
過去に縛られすぎてもいけない。
試す。観察する。判断する。
それは、これまでやってきたことと同じだ。
机の上の記録を閉じ、エドワルドは立ち上がった。
次は――川だ。
そこに、まだ何かが残っているかを確かめるために。




