芽吹きと違和感
不断草の種を蒔いてから、十日ほどが経った。
「……そろそろ、か?」
エドワルドは畑の一角に設けた試験区画の前で腰を下ろし、じっと地面を見つめる。
小麦畑とは違い、区画は小さい。囲いも簡素で、踏み固められないように杭と紐で印を付けただけのものだ。
「葉物野菜、だったな」
商人から聞いた話では、発芽は早く、二、三ヶ月で収穫可能。
暑さ寒さにも強く、種蒔きの時期をずらせば通年栽培も可能――理屈の上では、領地にとってありがたい存在だ。
だが。
「……まだ、揃ってない」
確かに、芽は出ている。
だが、まばらだ。
同じ日に、同じ深さ、同じように蒔いたはずなのに、出ている芽と、まったく反応のない場所が混在している。
発芽率……?
土を指で軽く崩し、様子を見る。
腐っているわけではない。種が流された形跡もない。
「……土か?」
思わず、眉を寄せた。
この区画は、小麦畑と同じ土壌だ。
肥料の配分も、極端に変えてはいない。
それなのに、この差。
「小麦は問題なく育ってるのに……」
不安というほどではない。
だが、違和感は確かにそこにあった。
……これも、“ズレ”か
今年の豊作。
乾燥パスタの加工拡大。
酒の増産。
現場は順調に回り、むしろ想定以上に前へ進んでいる。
なのに、小さなところで噛み合わない。
「……全部が、思い通りにいくわけじゃない、か」
立ち上がり、軽く土を払う。
この程度で慌てる必要はない。
そもそも、不断草は「試し」だ。
今すぐ結果を求めるものではない。
それでも。
見過ごすのは、違う。
エドワルドは、そのまま執事の元へ向かった。
「不断草の発芽が、まばら?」
報告を受けた執事は、少しだけ考える素振りを見せた。
「はい。小麦と同じ土ですが、揃いません」
「ふむ……葉物野菜ですな」
執事は顎に手を当てる。
「穀物とは、求める土の性質が違う可能性があります。水分量、表土の柔らかさ、日照……」
「なるほど」
エドワルドは頷いた。
俺は、同じ畑で育つ前提で考えていた。
小麦が育つ土=万能、という無意識の思い込み。だが、それは違う。
「すぐに広げるつもりはありません。試験区画を増やして、条件を変えてみたい」
「賢明ですな。土を変える、日陰を作る、水を増やす……幾つか試しましょう」
「お願いします」
執事は一礼し、そのまま指示を出しに行った。
エドワルドは、その背中を見送りながら、静かに息を吐く。
やっぱり、俺一人で抱える必要はない。
判断を共有し、実行は任せる。それが、今の立ち位置だ。
数日後。
試験区画の一部で、はっきりとした差が出た。
日陰を少し作った区画、水を多めにした区画――
そこでは、芽が揃って出ていた。
「……なるほどな」
エドワルドは、並んだ若葉を見て、納得する。
「小麦畑の感覚で見ていたら、失敗していたか」
穀物と野菜。
同じ農作物でも、求める環境は違う。
未来の記憶に、不断草は無かった。
だからこそ、過去に縛られず、今を見る必要がある。
「今年は豊作だった。でも、それが正解とは限らない」
数字は増えた。
備蓄も進んでいる。
加工も回っている。
だが、それは「小麦」に限った話だ。
領地全体を見るなら、まだ足りない。
蛋白源、葉物、保存食。
一つに偏れば、どこかで歪みが出る。
不断草は、その“歪み”を教えてくれた。
「焦らなくていい」
エドワルドは、小さく呟く。
「ズレは、修正すればいいだけだ」
この領地は、もう一人ではない。
父がいて、執事がいて、現場が動いている。
そして、自分は――
全体を見て、ズレに気づく役目だ。
芽吹いた若葉が、風に揺れる。
大きな事件ではない。
だが、確かに一歩だ。
エドワルドは静かに頷き、畑を後にした。
未来は、まだ定まっていない。
だからこそ、今がある。
――小さなズレは、見えている。
それでいい。




