ズレ
執務室を出てから、しばらく足が止まっていた。
……俺がやったことで。
頭の中で、同じ言葉が何度も回る。
俺がやってしまったことで、俺が知っている過去が変わった?いや、未来が変わった?
どちらにせよ――「ズレた」のは間違いない。
「……落ち着け」
誰もいない廊下で、そう呟く。
十八%増。それは誤差ではない。
偶然で済ませられる数字でもない。
このままいけば……記憶をなぞる。
本来なら、今年は平年。
来年がやや豊作。
その翌年に、広域での小麦過剰が始まる――はずだった。
だが、今年でもうこの数字だ。
今年含めて、三年連続で豊作……いや、大豊作になる可能性もある
背筋が冷えた。
豊作は良いことだ。
だが、度が過ぎれば話は別になる。
供給が増えすぎれば価格は落ちる。
小麦の暴落。
……一年、早まる?
可能性は、否定できない。
「いや……」
すぐに首を振る。
うちの領内だけの話だ。
世界全体が一気に変わるほどの影響ではない。他領も同じように豊作でなければ、市場は耐えるはずだ。
……はず、だよな?
その「はず」が、やけに頼りなく感じる。
未来を知っている。そう思っていた。
だが、それは「変えなかった場合」の未来だ。今の俺は、もう同じ地点に立っていない。
過去に囚われすぎると……
足元が、不意に不安定になる感覚。
それこそ、足を掬われる。
未来を知っているつもりで、判断を誤る。
それが一番危険だ。
「……ダメだな」
一度、大きく息を吐く。
考えるべきは、恐れることじゃない。
起き得る変化に、備えることだ。
他の事も……もっと力を入れないと
小麦だけに依存しない。加工、備蓄、分散。
頭の中で、やるべきことを整理し始めた、その時。
「……ん?」
ふと、別の事が引っかかった。そういえば……じゃじゃ芋。
父に渡してから、しばらく経つ。
加工の話は出た。
作付面積を広げる、という話も聞いた。
だが――
その後の報告が、何もない。
順調なら、何かしら耳に入ってきてもいい。
忙しくて後回し?
それとも、想定外の問題?
「……確認、いるな」
未来が揺らいでいるなら、なおさらだ。
小さな変化も見逃せない。
エドワルドは、歩き出した。
数字に振り回されるためではなく、数字の先を、自分の手で掴むために。




