数字の先
父に呼ばれ、エドワルドは執務室へ向かった。
何だろう?
定期の報告書は、すでに提出している。
硬豆の件も含め、隠していることはない。
扉をノックし、中へ入る。
「エドワルド」
呼ばれた声は、妙に柔らかかった。
……機嫌がいい?
父の表情を見て、内心で首を傾げる。
この顔は珍しい。少し、不気味ですらある。
「小麦の収穫量だがな」
父は机の上の書類を軽く叩いた。
「去年より、十八パーセント増だ。豊作だぞ」
「……十八%?」
思わず、声が裏返った。
そんなはずはない。天候は平年並み。
奇跡が起きるような要因は、思い当たらない。
「どうした? 嬉しくないのか?」
「い、いえ! 嬉しいです。ただ……かなりの量なので、驚きました」
父は満足そうに頷いた。
「ふむ。お前が回していた肥料の影響も大きい」
……そうか
胸の奥で、何かが弾けた。
俺が……豊作に導いた?
頭の中で、一気に思考が走り出す。
このままいけば、来年はさらに増える。
翌年も!
もしかしたら……
未来の記憶が、嫌でも脳裏をよぎる。
“間に合わなかった”あの時より、早く。
状況を、前倒しで変えてしまった可能性。
「父上」
気づけば、背筋を正していた。
「意見具申を致しますが、宜しいでしょうか」
「ん?どうした、急に」
「今回、多く取れた分ですが……全て乾燥パスタへの加工を進言致します」
父の眉が、僅かに上がった。
「ほう。現金化ではなく、か?」
「はい。乾燥パスタとしての現金化でも問題ありません」
一度、言葉を切り、続ける。
「それに、備蓄としても有効です。加工品であれば保存性が高い。さらに、冬場の農家の仕事にもなります」
執務室に、短い沈黙が落ちた。
父は書類に目を落とし、指で紙の端を整える。
「……なるほどな」
すぐに否定はされなかった。それだけで、手応えを感じる。
「うむ。考慮してみよう」
「ありがとうございます」
深く頭を下げながら、エドワルドは確信していた。
数字は、ただの結果だ。
本当に重要なのは、その先をどう使うか。
今回の十八%は、偶然ではない。
流れは、確実にこちらへ来ている。
――今度こそ、間に合う。
静かに、だが確かな手応えを胸に、エドワルドは執務室を後にした。




