見守る者、見られる者
セキシャク鳥の小雛たちは、もう「小」と呼ぶには少し無理が出てきた。
羽毛はすっかり生え替わり、色もはっきりしてきている。
餌をねだく声も力強く、動きも素早い。
「……順調だな」
エドワルドは柵の外から様子を眺めた。
親鳥の方を見ると、すでに次の卵を温めている。さらに、後から来たつがいも同じように小屋の中で動かない。
(二組とも、か)
この繁殖速度。やはり、セキシャク鳥は優秀だ。
「念のため……」
エドワルドは、頭の中で配置を考える。
このまま増えれば、雄同士の争いが起きる可能性もある。今は板で仕切っているが、限界は来る。
「また、増築だな」
早めに手を打つに越したことはない。
◇
次は豚舎。
ぶぉ……と、低い声が聞こえるが、騒ぐ様子はない。餌を食べ、横になり、時折立ち上がる。
「落ち着いてるな」
雄二、雌五。数も悪くない。
(早く子が生まれないかな)
だが、それを口に出すことはしない。
「……ゆっくりだ」
焦っても、命は早まらない。ここは、見守るだけだ。
◇
――同じ頃。
領主館。
執務室で、父である領主は書類を受け取っていた。
「……ふむ」
側近からの報告書。
・セキシャク鳥の増築検討
・豚の飼育経過は安定
・森で採取した草木の庭での再現
・農地未使用区画へのベリー植栽
静かに、最後まで目を通す。
(……相変わらずだな)
本人からの報告も、確かに受け取っている。
だが、こちらはより淡々と、事実だけが並んでいる。
「止めるべきですか?」
側近が、控えめに尋ねた。
領主は、少し考え――首を振った。
「いや」
視線は、書類の上。
「遊びではない。衝動でもない」
むしろ。
「……地に足がついている」
森に入る判断。
狩人を伴う配慮。
試験的な栽培。
増やしすぎない家畜管理。
どれも、慎重だ。
(あの子が、ここまで“待てる”とはな)
領主は、書類を閉じた。
「続けさせろ。危険が見えたら、その時に止める」
「承知しました」
側近は一礼し、下がる。
◇
庭では、鳥が増え、豚が眠り、草が根を張り始めている。
そして――
それらを育てる少年とその背を静かに見守る父。
どちらも、まだ動かない。
だが確かに、少しずつ、未来は積み上がっていた。
次への種
硬豆の畑を前に、エドワルドは腰に手を当てて眺めていた。
「……随分、枯れてきたな」
青々としていた葉は色を失い、茎も乾いてきている。触れると、ぱきりと軽い音を立てそうだ。
(そろそろ……収穫時期か)
思い返せば、最初の試験栽培。半分ほどは発芽せず、途中で力尽きた株も多い。
「……それでも」
畑を見渡す。
残った株には、しっかりと豆が実っている。
量としても、想像していたよりは悪くない。
「まあまあ、か」
完全な成功ではない。だが、失敗だけでもない。そんなことを考えていると、背後から声がかかった。
「若様」
振り返ると、畑仕事に慣れた農家の男が立っていた。硬豆の様子を、同じように眺めている。
「そろそろ収穫で良さそうですね」
「やっぱり、そう見えるか」
「ええ。ただ……」
男は少し言い淀み、それから続けた。
「次に蒔くときはですね。直接畑に蒔くよりも、浅手の囲い箱を使う方が良いかと」
「囲い箱?」
「はい。そこで苗木になるまで育ててから、畑に植え替えるんです」
男は、地面に指で四角を描くような仕草をする。
「そうすれば、発芽率はかなり改善されると思いますよ」
エドワルドの目が、わずかに見開かれた。
「……なるほど!」
発芽しなかった豆。
雨、害虫、土の状態。
原因はいくつも考えられる。
(最初から守ってやればいいのか)
「次回は、それでいこう」
思わず声が弾んだ。
「ありがとうございます。勉強になりました」
「いえいえ。試してみる価値はあります」
農家はそう言って、再び畑へ戻っていく。
エドワルドは、もう一度硬豆の畑を見た。
失敗は、もう分かっている。そして――次の手も。
「……次は、もっといけるな」
乾いた鞘の中で、次の季節へ繋がる種が、静かに待っていた。




