再び森へ
手引き車の軋む音が、森の入り口で止まった。
「……留守か」
エドワルドは、狩人の家を見て小さく息を吐いた。
前回、森を案内してくれた人物だ。
できれば、今回も話を聞きたかった。
だが、いないものは仕方がない。
(だからと言って、帰る理由にはならない)
目的は、はっきりしている。
名もなき――
傷に塗ると効いた草。
煎じると痛みが和らいだ葉。
腹痛を抑えた根。
どれも、前の人生で「助けられた」ものだ。
だが、名前は知らない。
書庫にも、詳細な記録はない。
(自然に増えるのは分かっている)
だが、それだけだ。
種で増えるのか。
株分けなのか。
根を残せばいいのか。
刈り取ると枯れるのか。
そこまで分かる者は、ほとんどいないだろう。
(思い込みは、禁物だな)
エドワルドは、森へ足を踏み入れた。
◇
森の中は、静かだった。
鳥の声。
葉擦れの音。
土の匂い。
足元を見ながら、慎重に進む。
(まずは……これだ)
記憶を頼りに、視線を走らせる。
低い位置。
湿り気のある場所。
木陰。
「あった……」
小さな草。
葉を揉むと、かすかに青い匂いが立つ。
(間違いない)
刃物を使わず、周囲の土を崩す。
根を傷つけないよう、慎重に。
一本、丸ごとではない。
周囲の状態も確認する。
同じ草が、少し離れた場所にもある。
だが、密集していない。
(……勝手に広がるタイプじゃないな)
種か、根か。
まだ判断はできない。
数本だけ採り、根元の土も一緒に袋へ。
◇
次は、葉。
少し背が高く、風に揺れる。
乾いた場所より、半日陰。
葉脈がはっきりしている。
(煎じると、確かに効いた)
だが、量を間違えると苦かった。
強い植物だ。
こちらも、周囲を観察する。
根元から、複数の芽。
一つの株が、広がっているように見える。
(……株分けか?)
可能性は高い。
無闇に引き抜かず、外側だけを切り取る。
残りは、そのまま。
(全部持っていくのは、違う)
森は、実験場ではない。
◇
最後は、根。
これが一番、厄介だった。
地面に目印はない。
葉だけでは、判断しにくい。
だが、場所は覚えている。
少し傾斜があり、水が溜まりすぎない場所。
掘る。
……あった。
太くはないが、しっかりした根。
(これだ)
周囲を見ると、同じ葉が点々とある。
(種か……)
根を半分だけ採取し、残りは埋め戻す。
◇
一通り終え、手引き車を引きながら、エドワルドは森を見回した。
同じ植物でも、場所が違う。
湿った土。
乾いた斜面。
木陰。
日向。
(環境が、違う)
それが、答えだ。
「育てるなら……再現するしかない」
土。
水。
日当たり。
畑の真ん中では、駄目だろう。
(森の縁、か)
使われていない土地。
人の手は入るが、自然も残る場所。
そこなら――
◇
帰り道。
狩人の家を、もう一度見た。
まだ、戻っていない。
「……次は、ちゃんと話そう」
礼も、まだだ。
今回の採取は、あくまで第一歩。
育つかどうかは、これから分かる。
だが、ベリーと同じだ。
森にあるものを、
人の手が届く場所へ。
(薬草も……同じだ)
飢えないだけでは、足りない。
痛みを和らげ、命を繋ぐ。
それもまた、領地を守る力だ。
手引き車の中で、葉が揺れた。
エドワルドは、前を見据える。
急がない。
だが、止まらない。
森で得たものは、
やがて――静かに、領地へ根付いていくはずだった。




