生命力
水を張ったタライの縁に、細い影が見えた。
「……出てるな」
エドワルドは身を屈め、目を凝らす。
森から切ってきたベリーの枝。その切り口付近から、白く細い根が伸び始めていた。
一本だけではない。
二本、三本――いや、ほとんど全部だ。
「強いな……」
葉は萎れるどころか、色が濃い。
水に挿しているだけだというのに、生命力を隠そうともしない。
(森であれだけ普通に生えているわけだ)
人の手がなくても育つ。
だが、人の手を拒むわけでもない。
「……よし。そろそろ土に行ってもらおう」
エドワルドは決めた。
◇
使っていない土地は、領内にいくらでもある。
畑にするには微妙で、放置されていた一角。
日当たりは悪くないし、水はけも極端ではない。
(ここでいいか)
間隔を空け、一本ずつ丁寧に植えていく。
深くしすぎず、根を折らないように。
作業を続けていると、背後から気配が増えてきた。
「……また坊ちゃん、何かやってるぞ」
「今度は木でも植えてるのか?」
「いや、あれ……森のベリーじゃないか?」
ひそひそ声。
視線。
好奇と困惑が入り混じった空気。
(まあ、そうなるよな)
森に行けば勝手に採れるものを、わざわざ畑に植える。
農家からすれば、意味が分からない行動だろう。
実際、庭先にベリーを植えている家はある。
だがそれは、子供が摘むためか、景色の一部としてだ。世話もしないし、増やそうともしていない。
エドワルドは、気にせず鍬を動かす。
(俺も、正直よく分かってるわけじゃない)
試しだ。
上手くいけば、それでいい。
駄目なら、やめればいい。
前の人生では、「やってみる前に時間切れ」そればかりだった。
◇
すべて植え終え、手を止める。
並んだ小さな苗は、まだ頼りない。
だが、根は確かに土に触れている。
(もし、これが上手くいったら……)
頭の中で、次が浮かぶ。
傷に塗ると効いた草。
煎じると痛みが和らいだ葉。
腹痛を抑えた根。
名前は分からない。
書庫にも載っていないかもしれない。
だが、効いたという事実だけは覚えている。
(全部、森任せにしてるのは勿体ないな)
安定して手に入る場所があれば、
怪我人も、病人も、少しは楽になる。
「……焦らない」
エドワルドは、小さく息を吐いた。
今は、ベリーだけでいい。
まずは一本、根付くかどうか。
農家の視線は、まだ背中に残っている。
だが、気にならなかった。
どうせ、最初はいつも同じだ。
変なことをしていると言われ。
意味がないと笑われ。
そして、結果が出てから静かになる。
(それでいい)
エドワルドは、最後に土を軽く押さえた。
森の中で当たり前にあったものを人の手の届く場所へ。
それもまた――
飢えない未来へ続く、小さな一歩だった。




