森が教えてくれること
「さて……」
エドワルドは畑の畦道を歩きながら、周囲を見渡した。
作物の様子を確かめる――いつもの日課だ。
だが今日は、それだけではない。
(情報だ。一番持っていそうなのは……)
真っ先に思い浮かんだのは、狩人だった。
森に入り、獣を追い、季節の移ろいを肌で知る者たち。
(ここで考えていても仕方がないな)
エドワルドは、畑仕事をしている農家に声をかけながら、少しずつ話題を広げていった。
「森で採れる物、ですか?」
「ああ、色々あるが……安定して採れるかと言われるとな」
返ってくる答えは、どれも似ている。
量は読めない。
年によって、場所によって、出来はまちまち。
だが――
「その代わり、季節を感じられる物は多いですよ」
春の若芽。
夏の実。
秋の木の実と茸。
(なるほどな……)
主食には向かない。
だが、補助として、彩りとして、十分に価値がある。
「……ベリー、ですか?」
何気なく聞いたその言葉に、農家の一人が少し驚いた顔をした。
「うちは、庭に植えてますよ」
「え?」
思わず、足が止まる。
「見せてもらえますか?」
◇
案内された庭先には、低い木が数本、並んでいた。
赤く小さな実は今は無いが、葉は青々としている。
「……これか」
エドワルドは、しゃがみ込み、葉の形をじっと見る。
(覚えておこう)
葉の縁。
付き方。
茎の色。
森で見つけるには、まず“知る”ことだ。
「森にも、ありますよ。時期になれば」
「……そうですか」
エドワルドがそう言うと、農家の表情が一変した。
「ま、まさか……一人で行くつもりじゃ?」
「え? ああ、いえ……」
その瞬間、全力で止められた。
「だめです! 絶対にだめです!」
「貴族の坊ちゃんを森に行かせた、なんて事になったら……!」
(……そりゃ、そうだよな)
今さらながら、自分の立場を思い出す。
困り顔のエドワルドを見て、農家は少し考え――
「狩人を、紹介します」
「一緒に行ってくれる人を」
◇
翌日。
紹介された狩人は、年季の入った男だった。
無駄な言葉は少ないが、目は鋭い。
「坊ちゃん、森は初めてか?」
「……はい」
「なら、今日は“見る”だけだな」
その言葉通り、森は学びの宝庫だった。
傷に塗ると効く草。
煎じれば鎮痛剤になる葉。
腹痛を抑える根。
「茸と木の実は、覚え違えると死ぬ」
「これは兎の道だ」
「鹿と猪は、気配が違う」
次々と示される知識に、エドワルドは息を呑んだ。
(……俺は、何も知らなかった)
だが、否定はしない。
知らなかったなら、知ればいい。
そして――
「これだ」
狩人が指差した低木。
「ベリーだ。さっきの庭のと、同じだろ?」
「……本当だ」
森の中に、確かに“あった”。
「増やし方も、教えとくか」
枝を選び、切り方を示す。
「これを水に挿しておけば、根が出る」
「出たら、植えろ」
エドワルドは、深く頷いた。
「ありがとうございます!出来れば籠いっぱいにお願い出来ますか?」
そう言って、籠いっぱいに枝を切ってもらう。
◇
屋敷に戻ると、すぐにタライを用意した。
水を張り、切り口を浸す。
「……まずは、ここからだな」
机上の知識。
森の現実。
その両方が、ようやく繋がり始めた気がした。
(まだ、ごく一部だ)
だが、それでいい。
エドワルドは、水に揺れる枝を見つめながら、静かに思った。
――森は、黙っているが。
――何も、隠してはいない。
聞きに行く者にだけ、教えてくれるのだ。




