刃を持たぬ名乗り
待て、待て、待て。
――となると、だ。
俺の首を刎ねた“あいつ”が、この世界で、今、ここに居る?
いや、おかしいだろ。
あいつは確か、隣国側の兵だった。
攻め込んできた側だ。
それが何で、保護民と同じ顔をして、
飯を食って、頭を下げてる?
……混乱してきた。
俺の首を、刎ねに?いや、違う。まだだ。
今の俺は、そんな最期を迎えていない。
なら――
未来がズレている?
それとも、俺の知らない所で、既に歯車が狂い始めているのか?
……。
この場で捕える?
いや、無理だ。理由が無い。
それどころか、俺が錯乱したと思われる。
はぁ……。
考えても仕方ない。正面から聞くしかない。
「先程は、どうも」
声を掛けると、男は即座に立ち上がった。
動きに一切の無駄がない。
「これはエドワルド様。食事と休息、感謝いたします」
やはりだ。この反応速度。農民じゃない。
俺は一歩近づき、腹を括った。
「直球で聞きます」
男の目を、真っ直ぐ見る。
「――貴方は、何者ですか?」
一瞬、沈黙。
だが男は、観念したように小さく息を吐き、
深く頭を下げた。
「これは大変失礼を致しました」
顔を上げ、はっきりと名乗る。
「私は〈灰鴉傭兵団〉団長、
レオン・ヴァルツ と申します」
――傭兵団。
俺の背中に、冷たいものが走る。
「……傭兵団、だと?」
「はい」
レオンと名乗った男は、淡々と続けた。
「元は隣領で雇われておりました。
ですが……今回の件で、契約は破棄されました」
「理由は?」
「簡単です」
彼は、僅かに口角を下げた。
「“民を殺せ”という命令が、正式に降りたからです」
――やはり、始まっている。
俺の知らない所で。嘘の積み重ねが、武装した“現実”になりつつある。
「ですので我々は、傭兵である前に、人として逃げました」
「……五十人全員?」
「はい。命令に従う者は、団を去りました。
残ったのが、この数です」
俺は、黙って男を見る。
前世で、俺の首を刎ねた存在。
その“側”に居た男。
だが今、目の前に居るのは――
刃を抜かず、名を隠さず、保護を求めて頭を下げる人間だった。
歴史は、同じ形で繰り返されるとは限らない。
……だが。
「一つだけ、聞かせて下さい」
俺は、静かに言った。
「貴方達は、次に刃を向ける先を、もう決めていますか?」
レオンは、即答した。
「はい」
そして、迷いなく答えた。
「――民を殺せと命じる者です」
その言葉を聞いた瞬間、俺は確信した。
この出会いは、偶然じゃない。
そして――
この傭兵団は、今後の流れを大きく変える“楔”になる。
静かに、だが確実に。
さらに話を聞いて、俺は思わず言葉を失った。
「体力が回復次第、我が領を抜けて隣国へ向かう予定です」
「……隣国?」
「はい。向こうで雇い主を探そうかと。
戦力を必要としている国は、必ずありますから」
――げっ。
思わず声が漏れそうになるのを、必死で堪えた。
待て待て待て。
それ、最悪の選択肢じゃないか?
頭の中で、嫌な線が一気に繋がる。
前世。
隣国が攻め込んできた時。
俺は捕まり、首を刎ねられた。
そして――
そいつは、確かに我が領を経由して来ていた。
「……まさか」
背中に、冷たい汗が伝う。
前世でも、こいつらは我が領を通っていた?
その結果、隣国側に雇われ、そして――俺を殺した?
不味い。
冗談じゃない。
「……少し、待って下さい」
声が、僅かに低くなる。
「我が領を抜ける、というのは……“正式な通行”という意味ですか?」
「ええ。正規に、です」
レオンは何の疑いも無く答えた。
「難民として保護して頂いております。
体力が戻り次第、迷惑を掛けぬ様、静かに出て行くつもりでしたが……」
――静かに、だと?
いや、違う。
通してしまった時点で、既に手遅れだ。
俺の中で、警鐘が鳴り止まない。
通すな。だが、止める理由は?
何も無い。
今のこいつらは、ただの保護民だ。
武器も無い。契約も無い。
敵意も、今は無い。
それを理由も無く足止めしたら――
それこそ俺が、「人を囲い、利用する領主」になる。
それは、違う。
だが。
通せば、未来が繋がる。
前世へ。
不味い。本当に、不味い。
通さない方法はあるか?
合法で、納得させられて、なおかつ、強引にならない方法は――
……。
一つだけ、ある。
だが、それは。
俺は、レオンを見る。
「……もう一つ、聞きます」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「もし、です」
「我が領で、“生きる道”が提示されたとしたら――」
「それでも、隣国へ行きますか?」
レオンは、初めて言葉に詰まった。
――来た。ここが、分岐点だ。




