地図に無い声
数日が過ぎた。
商人達は指示通り、次から次へと保護民を運んで来た。
最初は点だった。
だが、点は線になり、やがて面になっていく。
分かった事がある。
殆どの村で、状況は同じだった。
不作。徴発。備蓄の消失。そして、限界。
だが、より深刻だったのは――
街道から外れた場所。
地図にも載らない。
数軒だけが寄り集まった、村とも呼べない集落。
「……ここには、人が居たはずなんです」
そう報告する商人の声は、僅かに震えていた。
建物は残っている。
鍋も、農具も、干し棚も。
だが、人の気配が無い。
逃げたのか。
それとも――逃げられなかったのか。
エドワルドは、言葉を発さなかった。
もし、誰も辿り着けなかったのだとしたら。
噂も、助けも、選択肢すら届かなかったのだとしたら。
「……遅れた場所、か」
呟きは、誰に向けたものでもなかった。
助けられた数が増えるほど、助けられなかった“空白”が、くっきりと浮かび上がる。
それは数字ではない。
報告書にも残らない。
だが確実に、そこに在った。
そしてエドワルドは悟る。
これはもう、「不作」や「救援」の話ではない。
隠され、切り捨てられた場所の話なのだと。
そして遂に、王都から来た商人が現れた。
隣領を経由し、慎重に、慎重に――我が領へ辿り着いた者だった。
その表情を見た瞬間、嫌な予感がした。
商人は声を潜め、周囲を一度だけ確かめてから口を開く。
「……王都筋から、確かな話が入っております」
エドワルドは黙って頷いた。
「隣領の南東方面――地方の一部で、一揆が起きたようです」
一瞬、空気が止まった。
「……やはり、か」
遂に始まった。
嘘に嘘を重ね、帳尻だけを合わせ続けた結果が――破裂したのだ。
だがそれは、終わりではない。
一揆は結果であって、原因ではない。
飢え、徴発、隠蔽、沈黙。
それら全てが積み重なった“圧”が、最も弱い場所で弾けただけだ。
「しかも……」
商人は、言い淀んだ。
「どうやら、鎮圧の動きは鈍いようで。
事実を伏せたい思惑が、上にあると……」
エドワルドは目を閉じた。
やはり、まだ嘘を続けるつもりか。
ならば、この破裂は――引き金に過ぎない。
一箇所が弾ければ、次は隣。
隣が崩れれば、またその隣。
これは連鎖だ。
「……大きな破裂になる」
誰にともなく、そう呟いた。
助けが届いた場所と、届かなかった場所。
守られた領と、見捨てられた領。
その差が、今まさに――
血と炎で、表に出ようとしていた。




