気力の尽きた場所
領都で保護している人々の多くは、例外なく衰弱していた。
治療所に足を踏み入れた瞬間、その空気で分かる。
呻き声すら上がらない。ただ、横になっているだけだ。
ここまで歩いて来た者達も、「着いた」という事実に安堵したのか、ベッドに横になった途端、動けなくなっていた。
――恐らく、気力だけでここまで来たのだろう。
医療兵の報告は簡潔だった。
「体力の回復には、最低でも二週間前後は必要かと」
二週間。長いが、想定の範囲内だ。
「栄養の吸収も落ちています。急がせると逆効果になります」
「分かりました」
俺は即座に頷いた。
ここで焦って動かして、命を落とす様な事があっては意味が無い。
彼らは“助かった”のではなく、“助かる入口に立った”だけなのだから。
その間にやるべき事は決まっている。
住居の建築だ。
南側の、まだ村とも呼べない土地。
あそこに一気に建てる。
間取りも大きさも、全て同じ。装飾は不要。
壁と屋根と、最低限の暖を取れる構造だけ。
「余裕が出来たら、建て直せば良い」
今は質ではない。今は速度と数だ。
職人達には既に命じてある。
木材も、釘も、布も、全て運び込ませている。
一人一軒でなくて良い。
家族単位で、雨風を防げればそれで良い。
人は、眠れる場所があって初めて回復する。
「……」
ベッドに横たわる人々を見渡す。
誰も騒がない。誰も泣き叫ばない。
それが逆に、この状況の深刻さを物語っていた。
ここは終着点ではない。
だが、倒れても良い場所にはなった。
――ならば、次は。
回復した後、彼らをどう“生かす”かだ。
保護は一時的な措置。
生活は、次の戦場になる。
剣は振らない。血も流れない。
だが確実に、領としての力が試されている。
俺は静かに、次の指示を頭の中で組み立て始めた。
三か所の村からも、移動が可能な保護民が、
荷馬車で少しずつ領都へと運ばれて来ていた。
一度にではない。
日に数台、慎重に、揺れを抑えながら。
――こちらへ向かう事が出来る者達は、まだマシだ。それが、現地を見た俺の正直な感想だった。
村には、動かす事すら出来ないほど衰弱している者が残っている。
立てない。歩けない。
いや、それ以前に、起き上がれない。
医療兵の話では、無理に動かせば、そのまま命を落とす危険があるという。
「今は、運ばない方が良い者も多い」
その判断は正しい。
だが、胸の奥が重くなる。
動けない者は、助からないのではない。
助けに行かなければならないだけだ。
村に医療兵を残し、温かいスープを回し、少しずつ体を戻す。
時間が掛かる。だが、それしか道は無い。
荷馬車から降ろされる人々の中には、周囲を見回し、ようやく安堵の表情を浮かべる者もいた。
「ああ……ここが……」
その一言に、彼らがどれだけの距離と不安を越えて来たかが滲む。
俺は拳を強く握った。
――これは、一度きりでは終わらない。
流れは、もう始まっている。
そして、その流れは、まだ“本流”ではない。
本当に危ない者達は、今も村で、横になっている。
だからこそ、止めない。
だからこそ、急がせない。
一人でも多く、「倒れても良い場所」へ辿り着かせる為に。
俺は再び、南の建築予定地へ視線を向けた。




