止まらぬ手、止めぬ判断
領都でも、保護民の救護が本格的に始まっていた。
医療兵が動き、炊き出しが行われ、仮設の寝床が設けられる。
それに呼応する様に、領民から自然と手伝いの申し出が増えていく。
「知らなかった……」
「まさか、すぐ隣で……」
そんな声が、抑えた調子で交わされていた。
一歩間違えれば、いや、ほんの少し判断が遅れていれば――
我々も同じ状況に陥っていたかもしれない。
同情の声と共に、そんな現実が領都全体に静かに広がっていく。
だが。
俺は、ここで足を止める訳にはいかなかった。
救護は“今”を救う。
だが、居場所を作らなければ“明日”は救えない。
俺は領都の南――
まだ村と呼ぶには早い、開墾途中の地域を思い浮かべる。
「すぐに家を建てる」
命令を下すと同時に、動きは加速した。
大工、左官、木工職人。
木材、釘、石材、簡易な屋根材。
必要な物資を洗い出し、即座に送り込む。
見栄えは要らない。耐久性と数を優先する。
「まずは雨風を凌げればいい」
住める場所があれば、人は立ち直れる。
畑も、仕事も、その先にある。
救護と同時に、生活を始めさせる。
それが出来なければ、保護はただの延命だ。
周囲が「助けている」と思っている間に、
俺は「動かす」判断を続ける。
止まれば、噂が追いつく。
迷えば、流れに飲まれる。
この状況は、まだ序盤だ。
本当の波は、これから来る。
だからこそ――俺は、止まらない。
父上に呼ばれた。
執務室に入ると、父上は既に一通の文を机に置いていた。
俺の顔を見るなり、短く頷く。
「エドワルド。判断が的確だ」
「ありがとうございます」
褒め言葉だが、声音に余裕は無い。
父上はそのまま、机上の文を指で押し出した。
「隣領からの返信だ。見よ」
手に取った瞬間、胸がざわついた。
「なっ……!?これは……」
そこに書かれていたのは、食料不足の事実は無い村人が移動した事実も確認出来ない
治安も問題無し。
――そう、完璧な否定だった。
「それが、向こうの領主の“今の所の認識”だ」
父上は淡々と言う。
「……認識、ですか」
「いや。認識と言うより、認めていないか、情報が上に上がっていないだな」
俺は文を握り締める。
現地では村が捨てられ、小麦は奪われ、人は衰弱している。
それなのに――
「その様な事実は無い、ですか……」
「嘘の壁は、まだまだ厚い」
父上は深く息を吐いた。
「事実が刃になる前に、嘘で覆っている。
だがな、エドワルド。嘘は壁にはなっても、土台にはならん」
いずれ崩れる。だが、崩れる時は一気だ。
「……なら、今は」
「そうだ。こちらは事実だけを積み上げろ」
父上は俺を真っ直ぐに見た。
「救う事、備える事、動かす事。それ以上も、それ以下も要らん」
俺は、静かに頷いた。
嘘が否定を重ねるなら、こちらは沈黙と行動を重ねる。
壁の向こうで何が起きているのか。
それを知っているのは、もう俺達だけでは無い。
だが――
まだ、向こうは“無い”と言い張っている。
ならば、崩れる瞬間に備えるだけだ。
この戦は、まだ表に出ていないだけで、確実に進行している。




