痩せた時間
体力の残っている者から、順に領都へ向かわせる。自力で歩ける者は徒歩で。
体力の落ちている者、年寄り、子供たちは荷馬車へ。
それが最善だ。少なくとも、そう判断した。
だが――。
「……おかしいな」
荷馬車に乗る者たちを見送りながら、胸の奥に引っ掛かりが残る。
「まだ収穫が終わったばかりの時期だぞ……?」
痩せ方が、尋常ではない。
頬はこけ、足取りは重い。
子供ですら、目に力が無い。
凶作が始まったとはいえ、ここまで衰弱するだろうか。
「まさか……」
言葉にしかけた、その時だった。
「エドワルド様」
グレゴールが、静かに声を落とす。
「恐らくですが……かなり前から、食料事情が悪化していたのではありませんか?」
「前から……?」
「ええ。今年の収穫以前です。そう考えれば辻褄が合います」
私は歯を噛み締めた。
「既に備蓄が尽き、今年の作物に全てを賭けていた……だから“収穫した全て”を奪われた時点で、耐えられなくなった」
グレゴールは頷く。
「小麦を奪われたから逃げた、のではありません。“逃げる準備が整ってしまった”のです」
胸が冷えた。
「……そこまで、追い込まれていたのか」
「一つの嘘が、別の嘘を呼び。誤魔化し続けた結果、表に出る頃には……もう戻れなくなる」
グレゴールの声は淡々としていたが、内容は重い。
「恐らく、上への報告も歪められていたのでしょう。小さな嘘を重ねて、“問題は無い”と言い続けた結果です」
私は荷馬車の後ろ姿を見つめた。
痩せたのは、身体だけじゃない。
時間も、選択肢も、全て削られていた。
「……戦は、もう始まっていたんだな」
剣も血も無い。
だが確実に人を追い詰める戦が。
「はい」
グレゴールは短く答えた。
「そしてこれは、まだ序盤に過ぎません」
私は、静かに拳を握った。
嘘がここまで世界を歪めるなら――
次は、“真実をどう使うか”が問われる。
半日も経たぬ内に、早馬が追いついてきた。
「エドワルド様!」
馬上の文官は、息を整える暇もなく声を張る。
「北東の第二村より報告です。保護を求める者が……四十七名!状況は、こちらとほぼ同じです」
嫌な予感が、現実に変わる。
「……衰弱の具合は?」
「はい。特に年寄りと子供が酷く、数名は自力で歩けません。聞き取りでは、収穫前から食事を減らしていたとの事です」
私は一度、目を閉じた。
「2つ目は?」
グレゴールが短く問う。
文官は一瞬、言葉を詰まらせてから答えた。
「南寄りの第三村からも、今しがた使者が出たとの報告が。まだ人数は不明ですが……同様に、隣領からの流入がある模様です」
グレゴールは深く息を吐いた。
「点ではなく、線……いえ、面ですね」
「……ああ」
もう偶然ではない。一つの村の問題でもない。
「恐らく、奪われたのは“今年分”だけではありません。去年の備蓄、もしくは種麦にまで手が伸びていた可能性もあります」
グレゴールの言葉が重くのしかかる。
「それなら……」
「ええ。来年、耕す意味すら失われます」
私は歯を噛み締めた。
「三村とも、同じ対応を取る。保護、領都経由、南へ。じゃじゃ芋の輸送も予定通りだ」
「承知しました」
命令を出しながら、胸の奥で理解していた。
これはもう、難民の発生ではない。
領地単位で“生活が破壊されている”兆候だ。
「……グレゴール」
「はい」
「これ、止まらなかったらどうなる?」
グレゴールは、はっきりと答えた。
「次は“逃げる者”ではなく、“奪いに来る者”が現れます」
静かに、しかし確実に。
飢えは、境界を越えて広がっていた。




