判断の速度
ふっ……エドワルドが指揮か。
報告書に目を通しながら、思わず小さく息が漏れた。
グレゴールが付いている。
それだけで、大きく道を外す事は無いと分かっていた。
だが――。
「……決断が、早いな」
村人の保護、食糧の手当て、移送の指示。
どれも躊躇が無い。
私が若い頃なら、もう一晩は悩んだだろう。
いや、悩む“ふり”をして、時間を使ったかもしれない。
「ならば、私も……早く決断せねばな」
机の上に広げた地図に視線を落とす。
東の村からの報告は一件のみ。
他の二つの村からは、まだ何も上がっていない。
「今の所は、ここだけ……か」
“まだ”何も起きていないのか。
それとも、“まだ”表に出ていないだけか。
どちらにせよ、楽観は出来ない。
小麦を奪われる――。
それも、今年の分だけでなく、翌年に回す分まで。
それは作物を盗むという話ではない。
未来を奪う行為だ。
「……農家は、何の為に畑に立つ?」
答えは簡単だ。
明日の為、家族の為、領の為。
それを根こそぎ奪われたなら――。
「村を捨てる判断も、当然だ」
責められる筋合いなど、どこにも無い。
私は椅子にもたれ、深く息を吐いた。
ここから先は、単なる“異変”ではない。
判断のミスが、人の生死と領の形を変える段階に入っている。
「……ここからは、私も渦中の中だな」
正解は無い。あるのは、選んだ結果だけだ。
もし判断を誤れば――
失うのは、作物でも金でもない。
信頼と未来だ。
私は静かに立ち上がり、文机に向き直った。
エドワルドが前線で決断するなら、私は背後で、同じ速度で決める。
それが、今の領主の役目だ。
「エドワルド様」
振り返ると、そこにはグレゴールが立っていた。
いつも通り背筋を伸ばし、だが表情はどこか柔らかい。
「数年前からの変化ぶり……私事ではありますが、ずっと見ておりました」
一瞬、言葉を選ぶ様に間を置く。
「正直に申しますと、最初の内は“子供の思いつき”だと思っておりました。視点は面白いが、現実はそう簡単ではない、と」
苦笑に近い息を漏らし、しかし視線は逸らさない。
「ですが――貴方が出してきた結果は、どれも現実でした。いや……恐るべき、と言うべきでしょうな」
私は何も言わず、続きを待つ。
「結果は、嘘をつきません。過程が拙くとも、偶然に見えても、残るものが全てです」
グレゴールは静かに頭を下げた。
「今回の件も……上手く行くと良いですな。いえ、上手く行かせましょう」
そして、ほんの僅かに口角を上げる。
「ご安心下さい。私も影からお支えしますぞ。表に立つのは、エドワルド様です」
その言葉に、胸の奥が僅かに熱くなった。
「……ありがとうございます」
短くそう返すと、グレゴールは軽く頷いた。
主と補佐。
だが今は、同じ地平で“結果”を見る者同士だった。
この戦いは、まだ始まったばかりだ。




