一時の保護、静かな布陣
保護した人々を前に、俺は一歩前に出た。
「皆さん。これから皆さんには、まず領都へ向かってもらいます」
ざわり、と空気が揺れる。
「そこで十分に休み、体力を回復して下さい。その後、南へ移動してもらいます。これは――一時的な保護です」
“一時的”という言葉に、僅かな不安が混じる。だが“保護”と聞いた瞬間、張り詰めていた顔が一斉に緩んだ。
泣き出す子供。
肩の力が抜け、地面に座り込む老人。
それを見て、胸の奥が少しだけ痛んだ。
だが、今はそれでいい。
俺は振り返り、グレゴールを見る。
「グレゴール。領境の村は、ここだけですか?」
「いえ。ここを含めて三か所です」
……やはり。
「それならば、その残り二か所にも、同規模の人員を配置して下さい。それと三か所すべての村へ、じゃじゃ芋を優先的に輸送を」
即座に返事が返る。
「承知しました。輸送と配置、同時に手配いたします」
迷いがない。
この人も、もう“始まった”と理解している。
村人の様子を横目で見ながら、俺は心の中で整理する。
これは救済ではない。これは防衛だ。
一か所だけ守っても意味はない。
線で守る。面で押さえる。
領境の三点を静かに固め、騒ぎを起こさせない。その間に、情報を集め、上を動かす。
――時間を稼ぐ。
剣を抜かずに、血も流さずに、戦線を引く。
父上がやってきた事を、俺も今、なぞっている。
「……始まったな」
誰に聞かせるでもなく、俺は小さく呟いた。
これはまだ序盤だ。
本当の意味での混乱は、これからやって来る。
だが、この一手がある限り、我が領は揺らがない。
「グレゴール。うちの全体的な食料余力は?」
歩きながら、俺は低い声で尋ねた。
感情ではなく、数字が欲しかった。
「そうですね……」
少し考える素振りを見せてから、即座に答えが返ってくる。
「小麦および乾燥パスタ換算で言えば、領内消費の約三倍です。
単純計算で、三年は持ちます」
三年――。
胸の奥で、少しだけ息をついた。
短くはない。だが、永遠でもない。
「それ以外の、じゃじゃ芋ですが」
グレゴールは一拍置いた。
「今年に関しては、酒への加工はすべて取りやめております」
「……全て!?」
思わず声が出た。
「はい」
即答だった。
「嗜好品に回す余裕はありません。今年は“食える形で残す”事を最優先にしています」
なるほど……。
酒は金になる。だが、金は食えない。
「領民への説明は?」
「“領主命令”として、既に通達済みです。反発はありません。皆、今年の空を見ていますから」
空を見る――。
それだけで、農家も職人も理解している。
俺はゆっくりと頷いた。
「……正しい判断です」
だが同時に、背筋が僅かに冷えた。
三年分あるという事は、
三年以上続く可能性を、誰も否定出来ないという事でもある。
「エドワルド様」
グレゴールが、静かに続ける。
「今は“余力がある”状態です。ですが、周囲が崩れ始めれば、この余力は“標的”にもなります」
「……分かってます」
守るための蓄えは、奪う者にとっては、喉から手が出るほどの獲物だ。
俺は遠く、領境の向こうを見た。
剣を抜かない戦は、もう始まっている。
そして――備えがある者から試される。




