首の重み
捕えられた男は、その日のうちに首を刎ねられた。
最後まで見苦しく命乞いをし、自分はただの詐欺師だと吐いたらしい。
「……はぁ……」
思わず、ため息が漏れた。
命が軽いとは思わない。だが、軽率だったとも言える。
父上は処刑の報告を淡々と聞き終えると、俺の方を見た。
「エドワルド。恐らくこの時期に来る者は、全て“何かある”と思え」
「はい……」
「本来なら、援助や調整の話は国王、もしくは王都を通す。それが筋だ」
その言葉で、はっきりと腑に落ちた。
確かにそうだ。
不作の噂が広がり始めたとはいえ、まだ表沙汰になっていない。
正式な報告が上に届き、判断が下り、使者が派遣される――
そこまでには、どう考えても時間が掛かる。
それなのに。
こんなにも早く。
しかも、他領地から直接、名乗りも曖昧な者が来るなど、あり得ない。
「焦っている者ほど、近道を使う。そして、近道には必ず罠がある」
父上はそう言って、窓の外に目を向けた。
「今はまだ序盤だ。だが、これから先は“食料”が武器になる。武器を持つ者の元には、必ず群がる」
俺は、首を刎ねられた男の顔を思い出していた。あれは、金に目が眩んだ末の姿だったのか。それとも、ただの機会主義だったのか。
どちらにせよ――
「剣を抜く戦だけが、戦じゃない」
以前、父上が言っていた言葉が、今になって重く胸に落ちてきた。
判断一つで、人が死ぬ。
判断一つで、領が守られる。
俺はまだ剣を振るっているだけだ。これからは違う。
「……よく見ておけ」
父上の言葉に、俺は静かに頷いた。
これは訓練だ。そして同時に、戦だ。
血を流さずに済むかどうかは、俺たちの判断次第なのだから。
そして、遂に小麦の刈り取りが始まった。
畑に立った瞬間、嫌でも分かる。
去年とは、景色そのものが違う。
「……少ないな」
誰かが呟いた声が、やけに大きく聞こえた。
実際、少ない。
感覚ではなく、数字で見ても明らかだろう。
刈り取られていく束は疎らで、穂も軽い。
我が領も――凶作だ。
半分もない。
しかも、その半分すら、粒の揃いを見て選別すれば、実際に使える量はさらに減る。
「これで全部じゃないよな……?」
農家の一人が、自分に言い聞かせるように言った。誰も答えなかった。
俺は歯を食いしばる。
気候のせいだと、言い切ってしまえば楽だ。
だが、それだけではないと、もう分かってしまっている。
一方で――
「黒麦は、思ったより取れてます」
別の畑から戻ってきた者が、そう報告した。
確かに黒麦は、痩せながらも実を結び、例年並みとまではいかないが、十分な量があった。倒伏も少なく、粒も堅い。
それを見て、農家たちはようやく息を吐いた。
「黒麦があって助かった……」
「これなら、冬は越せる」
安堵の声が、あちこちから上がる。
その安心は“今”だけだ。
俺は、収穫された小麦と黒麦を交互に見比べながら思う。
――これが、始まりだ。
黒麦があるから耐えられる。
小麦が足りない事実は消えない。
そして、この凶作が明確になった瞬間から、
外は必ず、動き出す。
援助を求める者。奪おうとする者。嘘を吐く者。
父上の言葉が、頭をよぎる。
「食料は武器になる」
今年、我が領は――
否応なく、その武器を手にしてしまったのだ。




