借り物の威光
早速、援助の申し出が来たらしい。
しかも我が領とは、これまで殆ど交流の無い相手だった。
来たのは貴族本人では無い。
ただの文官。
だが支えている相手は公爵だと言う。
我が家は伯爵。
爵位だけ見れば、確かに格下だ。
隣の部屋で、俺は静かに聞き耳を立てていた。
文官の口調は、最初から上からだった。
公爵家の名を盾にし、こちらが援助するのは当然だと言わんばかりの物言い。
父上は、遮る事も無く一通り話を聞いていた。
相手はそれを、了承の兆しだと勘違いしたのだろう。
言葉に、どこか余裕が混じり始めた。
その時だった。
「なら、公爵からの正式な文を見せろ」
父上の声は低く、しかしはっきりしていた。
文官は一瞬、言葉を失った。
言い訳の様な事を口にしかけたが、続かなかった。結局、何も出て来ない。
父上は頷きもせず、淡々と告げた。
「公爵からの文が確認出来次第、援助の可否を判断しよう。今日はこれまでだ」
それだけ言って話を切り上げた。
文官は何も言い返せず、引き下がるしか無かった。
俺はその様子を見て、はっきりと理解した。
あれは援助要請では無い。
自分の保身と、公爵の名を借りた使い風。
責任は負わず、成果だけ得ようとする、典型的なやり方だ。
父上は、それを一瞬で見抜いていた。
肩書きは強い。
それを借りて振るう者は、何よりも脆い。
俺は静かに、次に来る本物の使者を思った。
数日後、再び「援助の要請」と名乗る者が現れた。
今度は、ここから領境を接する、さらに北の方角から来たと言う。
門番の報告では、身なりも言葉遣いも貴族そのものだった。
謁見の間の空気は、前回とは少し違っていた。父上も俺も、どこか慎重だった。
話を聞けば、まず我が領のさらに北に位置する領地へ援助を求めたが、断られたという。
つまり――北の他領地も、余裕が無い。
その上、相手は「領主本人」だと名乗った。
「ほぅ……」
父上は短くそう言った。
だが、その目は一切笑っていない。
確かに貴族の装いだ。立ち居振る舞いもそれらしい。だが――
「聞いた事が無い名だな」
父上の声が、わずかに低くなった。
次の瞬間だった。
「おい。此奴を捕えろ」
一瞬、時が止まった。
「はっ!」
控えていた兵が即座に動く。
男は目を見開き、後ずさった。
「え?ち、違う!私は――」
その言葉は、最後まで言わせてもらえなかった。両腕を押さえられ、床に膝をつかされる。
俺は呆然としていた。
何が起きたのか、理解が追い付かない。
「父上……?」
父上は、冷たい視線を男に向けたまま、静かに言った。
「北の更に北領主は、半年前に病で床に伏している。そしてその名も――お前が名乗った物とは違う」
男の顔から、血の気が一気に引いた。
「この時期に、身分を偽って動く理由は一つだ」
父上は一歩近づき、言い切った。
「――混乱に乗じた詐欺か、もしくは情報を探りに来た鼠だ」
俺は、背中に冷たい物が走るのを感じた。
援助の話では無い。
これはもう、別の“戦”に入っている。
父上は、ゆっくりとこちらを振り返った。
「エドワルド。よく見ておけ」
「飢えは人を追い詰める。そして追い詰められた人間は、必ず嘘をつく」
その言葉は、静かだが重かった。
俺は、黙って頷く事しか出来なかった。




